夜の向こうは群青の国

プリーモ×Gで14歳設定。割と捏造。
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1



初めて彼を抱いたのは14の夏だった――。



「何で分かんねえかな坊っちゃんよ。簡単な話じゃねえか」

男たちがテーブルを囲んでいた。権力者たちの会合だった。ここシチリアで、権力とは暴力のことを言う。
法も規則もなく、強い者が勝つだけ。民衆はそれに支配されるだけの存在だ。

「農民どもには余分に税を課す。その中から、貴族どもに決まった分渡す。残りはオレたちの懐だ。
な、簡単な話だろ?」
「中間搾取というわけか」
「商売と言って欲しいねえ」

ゲラゲラ笑う男の顔を、ジョットはにこりともせず見つめた。

「農民が疲弊したのでは、作物は実らない。土地だって荒れる。シチリアはいつまでも貧しいままだ」
「……こりゃまた難しいことを」
「目先の利益に囚われるな。こんなことを続けていては、結局お前たちも損をすると言ってるんだ」

議論は平行線を辿っていた。張り詰めた空気を破ったのは、控えめなノックの音だった。

「コーヒーをお持ちしました」

入ってきたのはGだ。客の一人一人にカップを出す所作が、流れるように美しい。
見慣れているジョットさえ、一瞬目を奪われた。薄汚れた男たちも、毒気を抜かれたようだった。

「じゃあ、今日はこの辺にしておくかねえ」

その声を合図に、皆ぞろぞろと去っていく。
まだ話は終わっていない。しかし、ジョットに引き止める力はなかった。

「坊っちゃん、増税は決定事項だ。アンタの言うことも面白いが、いつまでもガキに構っちゃいられねえ」

この男は、決してジョットをボスとは呼ばない。若すぎる主人を内心馬鹿にしているのだった。
彼を中心に、ならず者たちは不穏な動きを見せている。
何とかしなくては。このままでは確実に寝返られる。

「アイツら、口も付けずに帰ったな。お前のコーヒーは旨いのに」

わざと明るく言ってみた。Gはそれには答えずに、ひょいとカップを取り上げた。

「ちょっ……」
「飲まなくていい。今日はもう休め」

用意したばかりのカップを、早々に片付ける。コーヒーも捨ててしまうのだろう。
ジョットは胸に痛みを感じた。あくまでも冷静な、彼の綺麗な横顔を見ると、何故か無性に切なかった。


×××


父が死んでから一月になる。ジョットは遅く生まれた子だから、別れが早く訪れるのは仕方なかった。
それに、安らかな死だったもの。ジョットは嘆かなかった。ただ父の冥福を祈った。
しかし、気持ちは納得しても、やはり父の死は早すぎた。
武装集団を従え、農地を管理するガベロット。それを14の子供が継いだのだ。周囲の反発は必至だった。

「入るぞ」

ジョットはびくっと起き上がった。静かに戸を閉めてから、Gはこちらを振り向いた。

「コーヒーよりはいいだろう?」

そう言って、差し出したのはホットミルク。気遣ってくれていると分かって言葉に詰まる。
わざわざ、眠れないオレのために。

「行くな」

離れていく彼の手を、強い力で掴んでいた。甘い匂いを放ちながら、ミルクがはたりとシーツに零れた。

「バカ、揺らすから……」
「……すまない」

それでも、離したくないと思った。枕元の棚にミルクを置いて、今度は両手で彼を抱き締めた。
華奢な体だ。流石に驚いたらしく固まっていたが、Gは徐々に力を抜いた。
そして、宥めるようにジョットの背を撫でる。

「お前は何も間違ってねえ」

彼の言葉に、何度救われたか知れない。彼はいつだってジョットを認めてくれた。
……でも、それだけじゃ足りないんだ。正しい者が生き残るとは限らない。もっと確かな未来が欲しい。

「ジョット……?」

少し不安そうなGの声。それを聞いた途端たまらなくなった。教えて。生きている証を、その体で。

「お前は、これからも側にいてくれるな?」
「何を今更……っ」

唇を押し付けた。自分で仕掛けておきながら、目が回りそうになる。柔らかくて、温かくて。
舐めてから軽く吸い上げると、Gは微かに身を捩った。潤んだ目が酷く扇情的だ。
こんな風に、箍が外れてしまうんだ。Gとは幼い頃から一緒にいて、まさか嫌らしい目で見るはずもない。
でも、友情と愛情の区別は思っていたより曖昧で、簡単に越えてしまえそうだった。
ボタンを外し、そっと鎖骨に触れる。Gはされるがまま白い肌を晒した。

「呼んで、名前を」
「ジョッ……ト、ジョット……」

囁く声が、特別なもののように思えた。子供じみているかもしれない。
ジョットは甘えるように、彼を細い肩を夢中で抱き寄せた。










2



市場で食料を買い込んで、Gが屋敷に戻ったのは昼過ぎだった。
オリーブに乾燥トマト、それに大量のボンゴレ。今夜はアイツの好物でも作るか。
厨房に入ると、メイドたちがお喋りをやめて頭を下げた。

「お帰りなさいませ。あの、ボスはまだ……」
「ああ、お疲れなんだ。今日は起こすな」

年端も行かぬ頃、ジョットの遊び相手として引き取られた。Gはこの家で一番の古株だ。
他の使用人たちは自然と、Gに指示を仰ぐのだった。
それにしても、昨夜のジョットはどうかしていた。思い出して溜息をつく。
彼はただ、肌に縋り付いただけだった。それ以上のことはされていない。

(でも、あれは……)

完全に域を超えていた。何度考えても、ごまかしようのない事実だ。
殴ってでも止めれば良かったのだ。しかし、彼の心境を思うとそれはできなくて。
拒んだら、壊れてしまう気がした。だから拒めなかった。
勝手口の外は、木に囲まれた裏庭だ。徐に銃を取り出す。この屋敷に来た日から身に付けている銃だ。
――ジョットを助けなくては。そのためならば、何だってすると誓ったから。
不意に物音がした。いつも通り、スーツ姿のジョットが立っている。Gはすぐに銃をしまった。

「おはよう」

無表情のまま、先にジョットが口を開いた。間を置いて、Gは笑顔を作った。

「もっとゆっくりなさって良かったのに」

途端に彼は顔をしかめた。人目のある時などは、敬語を使うようにしている。
ボスの権威を守るためだが、ジョットはこれを嫌っていた。

「他に誰もいないんだ。普通に喋ればいいだろう」
「まあ、お前がそう言うなら」

少しは眠れたか、と聞くつもりだったがやめた。
Gですら一睡もできなかったのに、彼の苦悩はどれほどか。

「人を……殺さなきゃならない。付いて来てくれるか」

Gは頷いた。あのならず者たちを従えるのに、話し合いで済むわけがない。
どちらかが死ぬ。最初から分かっていたことだった。


×××


その日、街から一人の男が消えた。麻薬の売人だった。
彼の失踪により、密売ルートが一時混乱したが、当然表沙汰にはならなかった。
ジョットは結局、夕飯もほとんど手を付けなかった。
G自身、食べ物の匂いを嗅ぐのも嫌で、水ばかり飲んでいたのだが。
形ばかりの食事の後、今夜も部屋に来るようにとジョットは言った。

「……星が綺麗だ」

一瞬、泣いているのかと思った。ジョットは優しい奴だから。
しかし、彼は微笑んでいた。どこか寂しげな微笑だった。

「巻き込んですまない……」
「言うな」

月明かりの差し込む部屋で、互いの顔は青白かった。かける言葉が見つからない。
彼の苦しみを分かっていながら、取り除いてやることができない。

「オレのために、泣いてくれるの」

はっとして、Gは頬に手を当てた。違う、そんなつもりじゃない。オレが泣いてどうするんだ。
慌てて目を擦ったけれど、視界はぼやけたままだった。ジョットがクスクスと笑い出した。

「可愛い奴だな」
「……るせっ」

拗ねた顔も可愛い、と言う。ジョットは馬鹿だ。オレなんか可愛いわけあるか。
止めなければと思うのに、抱き締められるともう、好きにさせてやりたい気がした。
少しでも、気が紛れるならそれでいい。彼の支えになりたい。

「……お前でも泣いたりするんだね」
「あ?」
「ほっとしたよ」

コイツも大概ひねくれてんな。Gはちょっと呆れながらキスに応えた。
ジョットは糸が切れたように、ぐったりとよりかかってきた。

「また、こうしていてもいい?」
「ああ」
「鼓動が聞きたい」

はだけた胸に、ジョットが耳を近付ける。辺りは静まり返って、微かに風が通り過ぎるだけ。

「ずっと側にいるから」

ジョットは黙って目を閉じた。その頬に涙が伝うのを、Gは見ないふりをした。










3



ボロ衣を纏った子供が、通りで機会を待っていた。
道行く人は浮浪児を気にも留めないか、足早に通り過ぎるだけだった。好都合だ。
酒場の戸が開いて、彼は徐に顔を上げた。酔った男が数人、大声で管を巻いている。

「あの野郎、見つけたらただじゃ置かねえ――」

前後はよく聞き取れない。が、失踪した仲間のことだと察しは付いた。
まだ、異変に気付いていないのだろう。彼はそっと立ち上がり、路地裏で息を潜めた。

「持ち逃げとはな。やってくれるぜ」
「奴を追え。ボンゴレのガキは後回しだ」

やがて、男たちは町外れで別れた。先回りして様子を伺う。標的は一人で、港の方へ向かおうとしていた。
もう、隠れる必要はない。彼はふらりと進み出た。男は、驚いた顔で彼を迎えた。

「ボンゴレ……!」

ジョットはボロ衣を脱ぎ捨てた。仕立てのいいスーツに身を包んだ、若きガベロット。
小柄だが貴公子然とした姿に、男は気圧されたようだった。

「ボンゴレのガキは後回し、か。甘く見られたものだ」
「聞いてたのか」

舌打ちして、男はナイフを取り出した。先端がきらりと光る。ジョットは静かに男を見つめた。

「オレにもっと力があれば、生かしておくこともできた」
「何?」
「すまないと思ってる」

一瞬の出来事だった。悲鳴を上げる暇もなく、男は文字通り全身凍り付いた。

「すまないが死んでくれ」

それも、できるだけ無残な姿で。剛の炎を撃ち込んでやると、氷像は粉々に割れた。
凍った部分が溶け出して、獣に食われたかのような肉片だけ残る。
見下ろしてから、ジョットはその場を後にした。

「G、いるんだろう」

声をかけると、Gは物陰から姿を現した。鋭い目で一度睨んだきり、こちらを見ようともしない。
まるでそっぽを向いている。

「怒ってるのか?」
「……」

怒ってる。すごい怒ってる。ジョットは困って耳の後ろをかいた。まあ、怒るのも無理はない。
毎度のことながら、計画を無視したジョットが悪い。分かってはいるのだが。

「……何とか言えよ」
「ああ言ってやる! お前は馬鹿か!?」

郊外の森で、射殺するはずだったのだ。ジョットがわざわざ街に出向いて、勝手な真似をしなければ。

「下手すりゃ自分が死ぬんだぞ! 無茶も大概にしろといつも言ってる!」
「悪かった。もうしないから赦してくれ」

ジョットは素直に謝った。先程の反動で、体力はかなり消耗していた。
へばった所を、もしも数人に囲まれたら。もしも背後を取られたら。死ななかったという保証はない。
いつだって、Gの言うことは正論だ。

(お前に、その銃を使わせたくないから)

理屈じゃないんだとジョットは思う。ジョットの所に来たときから、Gは銃を持っていた。
覚悟を決めて来たのだろう。主人のためなら、人殺しさえ厭わないと。

「こっちにおいで」

ジョットはGの手を引いて、草むらに足を踏み入れた。バランスを崩したGの体を上手く受け止める。
そのまま地面に横になると、柔らかい草の匂いがした。

「お前、真面目に聞いてねーだろ……」
「聞いてるさ」

笑いながらそう答えた。Gは呆れたように溜息をついた。昔遊んだ時のように、寝転んで空を眺める。
何だか胸が苦しかった。覚悟だとか主人だとか、そんなのは欲しくない。
ただ普通に側にいて、笑い合って生きていきたい。

「オレは……」

言いかけてすぐやめた。お前に、その銃を使わせたくない。
最初からこうなる運命だったなんて、そんな風に割り切らないで。昔みたいに、普通に生きていきたいよ。

「どうした?」
「……何でもない」

きっともう二度と、夜明けなんか来やしない。だから多くは望むまい。繋いだ手をぎゅっと握り締めた。
どんな罰でも受けるから、彼だけは奪わないで下さい。ジョットは星空に祈った。
この世でただ一人、オレを叱ってくれる人を。
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