吸血鬼ヒバリ×伯爵ディーノ。一度やってみたかった吸血鬼ネタ。
天井の高い部屋だった。ヒバリはソファーの上で目を覚ました。
藍色の闇が、壁紙と床を溶かしていく。南天の星が瞬き、幾筋も白い影を引く。
これは夢の続きだろうか。記憶を辿ってみるが、ここがどこなのか見当も付かない。
昨夜の暗殺任務は完了したはずだ。アジトに帰る途中、貧血で気を失ったのだった。
「よう、気が付いたか」
金髪の青年が現れた。恐らく、この屋敷の人間だろう。
起き上がるのも面倒で、ヒバリは目だけでそちらを見た。
「……誰……?」
「オレはディーノだ」
名前を訊いたつもりはないが、耳に心地よい響きだった。
彼が運んできた光が、部屋を明るく染め上げる。眩しさに思わず顔をしかめた。
「もうすぐ夜が明けるな。カーテン閉めるか」
呼び鈴を鳴らして、彼はソファーのすく側に膝を付いた。ほどなく、二人の黒服の男が現れた。
「日の光が入るとマズいんだ。代わりに、薪を燃やしてくれ」
「風邪でもひいたか、ボス」
軽口を叩きながらも、抜け目なくこちらの様子を伺っている。面白くないので睨み返した。
辺りは夜明けから一気に引き戻されて、薄暗い暖炉の火に揺らぎ始める。
「右脚と、アバラを何本かやられてる。ウチの敷地内に倒れてたんだ」
男たちが去っていく。ディーノと名乗った彼は、琥珀色の目をしていた。
乳白の肌の奥で、血液が規則正しいリズムを刻む。
「どうして僕を殺さなかったの」
「……何の話だ?」
「人間じゃないってことくらい、気付いてるんでしょ?」
一瞬の動揺が、彼の心臓を微かに揺らした。旨そうな匂いが鼻をくすぐる。
真っ赤に熟れた血の匂いだ。彼はその唇から、苦笑ともつかない息を漏らした。
「お前のことはリボーンから聞いてる。怪我が治るまで、保護するよう頼まれた」
「保護? 吸血鬼をかい?」
外見は普通の人間と変わらない。夜の闇と、人の生血を好む種族だ。
一度知った血の味は、他の何とも代えがたい。三日分の栄養と、甘い快楽を与えるのだ。
「あなた、貴族なんだね。匂いで分かる」
「あー……キャバッローネの10代目だ」
「ワオ、最高だね」
道理で、血の色が濃いはずだ。最も希少価値の高い赤。
身分の貴賎など興味はないが、高位の人間ほど濃い血を持っているのは確かだった。
所謂純血だ。百年以上続く名家ともなれば、その味と香りは、ワインなど比べ物にならない。
――最高の獲物だ。
「ねえ、どうして僕を殺さなかったの」
「お前……」
「咬ませてよ」
たった一口でいい。この牙が触れた瞬間、あなたは僕のものになる。
傷口から毒に侵されて、身も心も僕なしではいられなくなる。生かすも殺すも思いのままだ。
一口で済むはずだった。しかし、頚動脈に口付けようとした刹那、意外な身軽さで彼は後ろに
飛び退いた。
「悪いが、そう思い通りにはさせねーぜ」
「……ふうん、強いんだ」
温室育ちかと思いきや。戦い慣れた身のこなしは、ヒバリにとって寧ろ嬉しい誤算だった。
「昔から、妖魔の類には狙われてきた。身を守る術くらい心得てる」
リボーンに鍛えられたのだという。早く怪我治せよ、と笑って彼は戸を開けた。
朝日の祝福を受けて、後ろ姿が金色に輝く。彼は美しかった。
本人は知らないのだろう。容易に手に入らない獲物こそ、格別の味がするということ。
体が治った暁には、きっとあの血を啜ってみせる。
――ディーノ。どうして僕を殺さなかったの。闇の中で、ヒバリはふっと微笑した。