※パラレル設定
街角の酒場で一人、入り口近くのテーブルを取った。
BGMは陽気なざわめき。酔った男たちが冗談を飛ばし合い、ゆるゆると夜が更けていく。
こういった場所に似つかわしく、照明は暗めだった。窓際の方がよほど明るい。
窓を透かしてくる星の光が、テーブルに四角い砂漠を創っていた。
その中に手を差し出せば、指先まで白く侵される。
子供のような遊びを一時繰り返してから、店内をぐるりと見回した。
(あの子……今日もいるかな)
会いたい。言葉にするならそんな所か。
すると、赤毛の華奢な少年がボトルを持って近づいてきた。
銘柄はバルドリーノ・クラッシコ。アルフレドは顔をほころばせた。
「どーぞ」
ぶっきらぼうにボトルを置いて、少年はそのまま立ち去ろうとした。
素気ない人だ。引きとめようと、咄嗟に言葉が突いて出た。
“Grazie,
che
stella.”
途端に顔色が変わる。
「何でっ」と叫ぶように言ってから、彼女は慌てた様子で周囲を見遣った。
「何で分かったんだ……女って」
今度は小声でそう囁く。
まともに話をしたのはこれが始めてだ。アルフレドはくすりと笑みを漏らした。
「見てたら分かるよ」
彼女は納得できない表情で首をひねった。可笑しい。
わざわざ説明する気はないが、体の膨らみだけ隠しても、男になりすますには不十分だ。
例えば腕の形。ボトルを差し出してくる手が、男というには細すぎた。
「君の方こそ、どうして男の格好なんかしてるんだ?」
ウェイターのような服装の彼女に、アルフレドは逆に問い返した。
「そ……んなこと、どうだっていいだろ!」
彼女は頬を染めて、今度こそ奥に引っ込んでしまった。
そして、カウンター内で何やらエプロンを外し始める。
帰り支度をしているのだと、遠目にも分かった。
「今から帰りかい?」
再びこちらにやってきた彼女を捕まえて、アルフレドは尋ねた。
「そーだよ、今日は客も少ないし」
夜道を一人で帰るのは危ないだろうに。
アルフレドの心配をよそに、彼女はさっさと扉に向かう。
「あ、待って!」
彼女は警戒心も露わに振り向いた。
「家まで送るよ」などと言っても聞き入れないだろう。別の手を使うしかない。
「……良かったら付き合わないか?」
「はあ?」
思いきり毒気の抜かれた顔だ。アルフレドは笑いながら、グラスを軽く振ってみせた。
「ああ……飲み比べか」
そういうつもりではなかったが、敢えて黙ったまま相手の反応を伺う。
彼女は初めてニヤリと笑った。酒好きなのだろうか。
「言っとくけど強いからな、あたしは」
既に乗り気な表情だ。思いがけない効果に、アルフレドは数回瞬きをした。
「……でも、財布の方がな……」
今度は本気で悩んでいる顔。仕事中のクールな雰囲気とは全く違う。
可愛い子だ。今更のようにそう感じた。
「……まあ大丈夫か。あと何日もせずに給料が出るし」
「赤でいいかい?」
彼女はちょっと間を置いてから「まあいいや」と答えた。
「白の方が好きなんだ?」
「そうだな、白とかロゼとか。それにスプマンテも好きだ」
簡潔な答え。何だか気分が良くなって、とりあえず手元の赤ワインを彼女に勧めた。
×××
手伝いの少年が店内で飲み始めたのだから、流石に目立つ。
「酒場で稼いだ金を酒場で落としていくのか」と、客たちは殊更愉快そうに笑った。
彼女は澄ました顔でグラスを傾けていた。
星屑を浴びて、赤い髪がきらきら光った。
大きな翠色の眼を時折伏せる仕草。このテーブルだけ、他にはない静けさを保っている。
「Stella,
素敵な夜だね」
沈黙を破ったのはアルフレドの方だった。
彼女は怒りはしなかったが、困ったように眉を寄せた。
「……キザな奴だな」
「だって、まだ君の名前を知らないから」
教えて欲しいと、暗に伝える。
だが、彼女は何を思ったか、別のことを言い出した。
「……さっきの質問の答えだけど」
「え?」
「男装してるワケ。女が夜働くとなると、変な仕事ばっかりでさ」
男のふりした方が気が楽なんだ。酒場の手伝いでも、坊主だと思われりゃ都合がいいし。
口早に言う彼女に、何と返したものやら分からなかった。
いやらしい視線を避けるための男装だったとは。
好奇心で訊いた分、いたたまれない気持ちだった。
「コンテッサ・ローザ!」
重くなった空気を振り切るように、彼女は店の奥に怒鳴った。
いじらしく思いつつも、苦笑を抑えられない。
「……本当に強いんだな」
「当然、まだ序の口」
どれだけ飲むつもりなのか。アルフレドは両手を挙げた。
「はは、降参だ。僕には到底勝てそうもないよ」
「何だ、張り合いのない奴だな」
彼女は楽しげに笑顔を見せた。アルフレドの見た中で、一番いい表情だった。
「ねえ」
「ん」
「名前、教えて?」
彼女は俯き、グラスの水滴をすくって、テーブルに文字を書いた。
こちらからだと逆さで分かりにくいが、‘ニキータ’と読めた。
「……でも、呼ぶなよ。ここじゃ男で通ってるんだから」
アルフレドは頷いた。
口には出さないが、自分しかその名を知らないというのが気に入った。
「僕の名前は……」
「アルフレド、だろ? アルフレド・マルティーニ」
思わず目を見開いた。ニキータが声を立てて笑い出す。
「割と事情通なんだ。あたしの他は知らないから、安心しな」
「安心って……僕は別に……」
人目を避ける理由なんて別にない。
柄にもなくムキになりかけたアルフレドに、ニキータはひらひらと手を振った。
「貴族がこんなトコに出入りするなんて、何かワケ有りだろ?」
ある意味否定できないので、アルフレドは押し黙った。
ニキータは勝手に納得したらしく、また黙々と飲み始めた。
(変に誤解されてるな……)
君に会いたくて通ってたんだ、と言ったら信じるだろうか。
でも、まだその時ではない。ぐっと言葉をしまい込んだ。
(まあ、仲良くなれたからいいか)
横目でそっと盗み見る。何と、ニキータは早くもボトルを半分空にしていた。
「しまった、せっかくだから味わって飲まないと……」
確かに強い。笑うしかなかった。
ロマンスとは程遠い状況で、アルフレドは飽きることなく、この可愛い人を見守っていた。
×××××
メイドニキちゃんを頂いたお礼として、小松アズ乃様に差し上げます。
いやお礼っていうか……暴挙?
細かい設定は問わないという有難いお言葉に甘えて、パラレル風味に……。(ごにょごにょ)
しかもアルフレド片思い。「酒に強いニキータ」はクリアしてると思うのですが。。
アズ乃様、こんなんで良ければ貰ってやって下さい;