日曜日はハチミツの色

※10年後





 シーツの上に髪を乱し、意味もなく喉を鳴らす。
 薄っすらと眼を開きかけて、思った以上の眩しさに顔をしかめた。
 寝不足のためか、日の光がやけに黄色く感じられる。
 時計はと見ると、午前9時16分を指していた。

 ぼんやりと天井を見上げていると、眠気に引きずり込まれそうだった。
 ニキータは眼を強くしばたかせ、のろのろと上体を起こした。

 まず、自分が何も身にまとっていないことを不思議に思った。
 肩も胸もまるで剥き出しで、下半身も然り。
 そこで、下腹部に疼くような痛みを覚え、ようやく昨夜から今に至る経緯を思い出した。



(……慣れない、やっぱり……)



 今更ながら思い返すと恥ずかしい。最高に居心地が悪い。悲しくはないけれど泣きたい気分だ。
 体を開くということは、ニキータにとって未だ容易に受け入れがたい行為だった。



 一方で彼はといえば、ニキータに寄り添うように白い肢体を横たえていた。
 いつもなら先に起き出しているのに、珍しい。
 上から覗き込むと、呆れるほどに整った顔立ちや、睫毛の長さがはっきりと窺えた。

(寝てる……)

 思いのほか、子供っぽい寝顔だった。
 こんな風にアルフレドが隙を見せるのはめったにないことで、不意を突かれ愛しい、と思う。
 ニキータは指先を丸めて、彼の短い金髪をそっと梳いた。



 外見だけに惹かれたわけではないけれど。
 一緒に生活し始めても、彼の美しさに胸が高鳴ることは幾度と無くあった。
 
(いつまでも、小さな女のコじゃあるまいし)

 ニキータは溜息をつきながら、朝の支度に取りかかろうと寝台を抜け出した。



「ニキータ」



 否。抜け出そうとした。が。
 眠っていたはずのアルフレドに呼び止められ、ニキータはびっくりして振り向いた。

「アルフレド、起きたん……」

 言い終わらぬうちに、後ろから強い力で抱きすくめられる。
 彼は抗議するニキータの頭を宥めるように撫で、おはよう、と囁いた。
  
「……起きてた?」

 アルフレドは答えなかったが、目が悪戯っ子のように光っている。

 起きてたんだ。間違いない。

「もうっ……」

 何だか可笑しい。そして、あっさり騙された自分が少し悔しかった。
 二人はじゃれ合うように軽い攻防を繰り返していたが、
 やがてアルフレドが力で劣るニキータの動きを封じ、難なく組み敷いてしまった。



 ニキータは降参して眼を閉じた。彼は心得た様子で、頬に‘朝の’軽いキスを降らせる。
 右。次は左。最後に、マウス‐トゥ‐マウス、だ。
 仕上げにとばかりに、下唇を舐め上げられた。
 ざらりとした感触に反応して、全身の産毛が波打った。

「ちょ……やだっ……」
「大丈夫、これでおしまい」

 安心させるように、アルフレドは徐にニキータの上を退いた。
 紳士的だとは思う。でも、自分ばかりが恥ずかしいようで、なおさら居心地が悪い。 



「あたし、もう起きないと」

 殊更に言って、ニキータは今度こそ起き出そうとした。

 しかし、立ち上がる際の鈍痛に耐え切れず、思わずうずくまってしまう。
 アルフレドは目を見開き、慌てた様子でニキータを支えた。

「どうしたんだ?」

 言えるはずもなかった。黙っていると、彼は見当違いに額に手を当ててきた。
 気恥ずかしくて可笑しくて、どうしたものやら困ってしまった。 

「無理に動いちゃ駄目だ。君はこのままじっとしてろ」

 そう言って、無理矢理寝かしつけられた。
 でも、朝食はどうするつもりだろう。
 ニキータの物問いたげな視線に気付き、彼は簡潔に「僕が作るよ」と言い切った。
 そういえば、この人は料理も出来るんだった。癪なほどに多才な男だ。



「熱はなかったけど」
「うん、まあ……」

 ニキータが言葉を濁すと、アルフレドはふっと笑みを浮かべた。

「昨日……長かったから、かな?」
「……誰のせいだっ」

 別に謝ってほしいわけではないが、そう笑われると腹が立つ。
 彼のせいだ。それなのに、いつも恥ずかしいのは自分の方だ。全くもって理不尽だ。



「愛してるよ」



 彼はそう言って微笑むと、ガウンを羽織り、寝台から降りた。

 別に謝ってほしいわけではない。
 むしろ、欲しい言葉を与えてくれたと思う。
 それでも、何か上手くごまかされた気がして、ニキータは「ああそう!」と突っぱねた。



「後で起きてくるかい? それとも、トレーに乗せてここまで運ぼうか?」
「そんな……病気じゃないんだから。ちゃんと起きるよ」

 もともと、その気はないのに寝かしつけられたのだ。
 さっさと起き上がろうとするニキータを、アルフレドは今度も押さえつけた。

「ちょっと、今度は何?」
「二択。今起きるのは駄目。僕が先に行くから、その間に着替えておいで。
そのまま歩き回ったら、目に毒だ」



 呆れた。何を言い出すのかと思えば。
 何が‘目に毒’だ。散々好き勝手にしてくれたくせに、よく言うよ。

「何だそれ……ああもう、どいて」
「駄目」

 アルフレドは譲らなかった。本当に、何だって言うんだろう。

(結局は、あたしが折れなきゃいけないんだから)

「もう……分かったよ。この、強情」
「……君に言われたくないな」
「なっ……どういう意味だよっ?」



 それには答えずに、アルフレドは苦笑しながら寝室を出た。
 ニキータは釈然としないまま、これ幸いと起き上がり、今朝はどの服を着ようか考えてみた。
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