ツナ獄♀・獄女体化なので御注意下さい。
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1
午前七時。ツナはカフェオレを片手に、平和な日曜の朝を味わっていた。
突然現れた家庭教師・リボーンに連れられ、イタリアにやって来て早や一ヶ月。
(こっちの生活にも少しは慣れたけど……まだまだ言葉も通じないし……)
マフィア修業の疲れとカルチャーショックのダブルパンチ。
本当なら、とっくに投げ出して日本に帰っているところだ。
しかし、そうしないのには理由があった。
「おはよーございます10代目!」
快活な声が響いた。リビングに入ってきたのはシルバーブロンドの少女だ。
「おはようハヤト……」
ツナは彼女に笑いかけた。ハヤトの存在が、ツナをイタリアに引き止めていた。
ツナがイタリアに到着してまもなく、事件が起きた。
娘を次期ボンゴレに献上したいという申し出があったのだ。しかも、愛人として。
何の冗談かと思った。だって、中学生に愛人って。
だが、例によってリボーンが勝手に話をまとめ、ツナのもとに愛人・ハヤトが
差し出されたのである。
「早めに子供を作れ」――リボーンがツナに言った一言だ。
先々の後継者問題を見据えてのこと。
何をしても許される関係。それに、ハヤトは美少女だった。理性が揺らがないはずはない。
(でもなー……)
ツナはマグカップを傾けた。隣りにいるハヤトをそっと盗み見る。
彼女があまりに子供っぽい笑顔を見せるから。
媚びることなど知らない無邪気さで、一途にツナを慕うから。
嫌われたくないと思った。単なる慰み物にはできなかった。
視線に気付いたのか、ハヤトがこちらに振り向いた。
「そういえば、今日の御予定は何ですか?」
「ええっと……じゃあイタリア語の勉強でもするか。また教えてくれる?」
「もちろんです!」
満面の笑みを向けられて、胸の奥が温かくなる。
ありがとうを言うかわりに、ツナはハヤトを引き寄せた。額にちゅっと口付ける。
離れてから目を開けてみると、ハヤトは触れられた箇所を両手で押さえて赤くなっていた。
「……ハヤトもさ、慣れないよね。愛人だっていうのに」
「す……すみませんっ」
ハヤトはあたふたと頭を下げた。軽いパニック状態だ。
キスした後はいつもこんな具合。初心な仕草に、ツナはどこか救われていた。
ツナだって、余裕なんかないけれど。心臓は早鐘みたいに打ってるけれど。
不器用な彼女を見ていると、自分がリードしなきゃという気になってくる。
守れるものがある。守らなきゃいけないものが。
危なっかしくて何かと世話の焼ける、そんなハヤトが可愛かった。
2
(ちぇっ、何か大人っぽい……)
ハヤトは溜息をついた。目の前には、リボーンとビアンキのくつろいだ姿。
リボーンと話がしたかったのだが、昼寝中のようだ。ビアンキに膝枕をしてもらっている。
「あらハヤト、どうしたの?」
「……何でもない」
邪魔をするほど野暮じゃない。ハヤトはそのまま部屋を出た。
自分はどうなんだろう。ビアンキみたいに、ちゃんと愛人らしくできてるだろうか。
(いや、不安がっても仕方ない! これからもっと頑張ろう……)
「ハヤト、ただいま」
背後から声をかけられ、ハヤトは飛び上がった。
振り向くと、買い物から帰ってきたツナがすぐ後ろに立っていた。
「お帰りなさい10代目! えっと、これからイタリア語を勉強する予定でしたよね?」
「うん、それなんだけど……何だか眠くて仕方ないんだ。
ゴメン、今からちょっと昼寝しようかな」
ツナが目を擦りながら言った。
(昼寝……)
先程見た光景が頭をよぎり、ハヤトは一人で赤面した。
「じゃあオレ、部屋でしばらく寝てくるね」
「あ、待って下さいっ!」
咄嗟に引き止めてしまった。ツナが不思議そうな顔で振り向く。
「あの、その」
ハヤトは言葉に詰まった。
どうしよう。でも後には退けない。ツナが待っているのだから。
ごくりと唾を飲み、ソファーの端に腰を下ろす。そして、自分の太ももを指差した。
「ここに、どうぞ、頭を……」
「へっ?」
ツナは素っ頓狂な声を上げた。
通じなかったかと思い、「膝枕です」と説明する。ツナはますます驚いたらしかった。
「ど、どうしたの?
何かあった?」
「いえっ……ええと……」
やっぱり、こんなこと言うの変だったんだ。10代目が呆れてる。
ハヤトは真っ赤になって俯いた。
「えっと……じゃあ遠慮なく」
ソファーにぐっと重みがかかる。
スローモーションのように感じられた。靴を脱ぎ、ツナがそのまま横になる。
慌てて、太ももでツナの頭を受け止めた。
(10代目……優しい……)
呆れていないと分かって、ハヤトはほっとした。
恐る恐るツナの髪を梳いてみた。感謝の気持ちをこめて。
「どうですか?
この高さで、首痛くなったりしませんか?」
「ううん……すごく気持ちいいよ。でも……」
――眠るどころじゃなくなっちゃったよ。
ツナの呟きは、ハヤトの耳には届かなかった。
3
ハヤトと二人で、丸一日かけて街を散策してきた。
一応、イタリアの空気に馴染むのが目的だが、実際のところはデートである。
マフィアのことなど忘れて、年頃の少年少女らしい、青臭いひとときを過ごしたのだった。
アジトに戻り、ツナはソファーでくつろいでいた。
隣りにハヤトが腰掛ける。バッグを片付けようと、一旦自室に引っ込んでいたのだ。
ツナはあれっと目を見開いた。心なしか、ハヤトの唇が色付いて見える。
「ハヤト、それ、口紅か何か付けてる?」
ツナが尋ねると、ハヤトは嬉しそうに、小さなケースを取り出した。
「買って頂いたリップグロスですよ。早速付けてみたんです」
そのケースには見覚えがあった。今日、ツナがハヤトに買ってあげたものだ。
(ああ、唇に塗るヤツだったのか……)
ツナは初めて、それの正体を知った。
ハヤトが手に取って熱心に眺めていたので、プレゼントしてあげたのだが。
正直、化粧品は区別が付かないし、その上イタリア語表示ではさっぱり理解できなかった。
ともあれ、喜んでくれたなら結果オーライだろう。
「えっと……よく似合ってるよ」
「……そうですか?」
はにかみながら、ハヤトは微笑んだ。うるんだ唇が肌に映えて、何だかいつもより色っぽい。
「綺麗な色ですよね。本当、ありがとうございました!」
ぷるん、と音を立てそうなピンク色。そこに釘付けになってしまった。
「じゅ、10代目?」
身を乗り出し、細い肩をつかむ。ハヤトが驚くのも構わず、ツナは溜息混じりに囁いた。
「美味しそう……」
「え?」
一瞬の沈黙。だが、ハヤトは声を立てて笑い出した。
「チェリーグロスって書いてあるけど、味は全然ないんですよ。美味しいってものじゃ……」
そうじゃなくて。
君の唇が。
文字通り吸い付く形になった。舌先で弾力を確かめながら、何度も掬い上げ引き寄せる。
もっと味わいたいと、周りを甘噛みしてみた。ハヤトがきゅっとシャツに縋り付く。
抱きしめて、幸せな気分で、柔らかな感触を貪った。
「あ、すみません……!」
徐に解放すると、ハヤトは素早くシャツを手放した。
ツナはハヤトの体に手を回したまま、そっと顔を覗き込んだ。
「……やっぱり、美味しかったよ」
案の定、グロスは取れてしまっている。
ハヤトはちょっと首を傾げ、大きな目で瞬きをした。
4
ツナのもとに、日本にいる母から小包みが届いた。
息子の生活ぶりを気遣う手紙、これはまあ良い。何故か濃紺の浴衣が入っている。
‘着る時は腰周りにタオルを巻くように、あなたは細身だから’と着付けの説明まで
添えられていた。
(送ってくるのはいいけど、浴衣なんて着る時ないし……)
淡い光沢を持つ格子模様を見ながら、ツナは頭を掻いた。
奈々のことだ、単に思い付きで買ってみたのだろう。彼女も相変わらず元気そうだ。
包みを大きく開いてみると、もう一着、女物の浴衣が入っていた。
不審に思って、手紙に再度目を通し――ツナは思わず大声を上げた。
「リボーンお前っ、母さんにハヤトのこと……!」
彼はツナのすぐ横で、銃の手入れをしていた。涼しい顔で、手を休めようともしない。
手紙の追伸には、‘ガールフレンドができたって、リボーン君に聞きました。
今度帰って来る時は是非連れていらっしゃいね’と書いてあった。
「放っといたら、お前はいつまでたっても言わねーからな。ママンに隠し事は良くねーぞ」
「だからって余計なことすんなよ!」
親に紹介なんて気恥ずかしい。先走りすぎたら、ハヤトとの今の関係が崩れそうで怖い。
それとも、不安がっているのはツナだけだろうか。思春期の悩みは尽きないのである。
「入っていい?」
ハヤトの部屋に、珍しくツナがやって来た。ハヤトはすぐに応対に出た。
差し出されたのは、ふんわりしたオレンジ色。萩の模様を散らした布地だった。
「キレイ……これ、日本の着物ですよね?」
「着物っていうか、浴衣だよ。夏に着るんだ。母さんがハヤト宛に送ってきたから、
よかったら受け取ってくれるかな」
「お母様が……?」
ハヤトは浴衣を手に取り、しげしげと見つめた。わざわざ贈り物をしてもらえるなんて。
ツナの愛人として認めるということだろう。そうに違いない。
「……う、嬉しいです! もう、何て言ったらいいか……」
声を詰まらせて言うと、少し間があってからツナが口を開いた。
「ねえ、脱いで」
「……はい?」
「浴衣の着方、分かんないでしょ? オレが着付けるから、服を脱いでごらん」
着ているキャミソールをぐいと掴まれる。急に迫って来られて、ハヤトは慌てに慌てた。
「あのっ、その……まま待って下さい10代目!」
彼の好きにされるのが当然の身だ。今まで何もなかったのが不思議なくらいで。
分かっているはずなのに、頭が混乱して何も考えられない。
ろくに呼吸もできず真っ赤になっていると、ツナは手を離してくすくすと笑い出した。
「10代目……?」
「ゴメンねハヤト、ビックリしたね……」
優しい笑顔でぎゅうっと抱き締められる。
どうやら冗談だったらしい。ハヤトはほっと力を抜いて、ツナの腕の中に収まった。
無理に背伸びなんかしなくていい。
今すぐ大人になるよりも、素直な時を重ねていって、大人になるまで側にいよう。
窓辺のカーテンを揺らして、緑の風が吹き込んだ。
5
朝食の時間になると、ファミリーは皆起き出して食堂に揃うのが常だった。
眠い目を擦りながらトーストをかじる。実のところ、低血圧のハヤトにとって早起きは辛い。
でも、10代目より遅くまで寝ているワケにはいかないから。
ぼんやりと食事を進めていると、テーブルの向かい側から、姉のビアンキが話しかけてきた。
「ハヤト、あなた最近、お風呂を覗かれたりしてない?」
いきなり何の話だ。まだ頭がはっきりしないのもあって、ハヤトは咄嗟に反応しかねた。
一方、すぐ隣りで盛大に咳き込む音がした。ツナである。
彼は呼吸を整えてから、赤い顔を上げてビアンキを睨んだ。
「オレはそんなことしないよ!」
「誰も、ツナがやったなんて言ってないわ」
ビアンキは一言で返し、またハヤトの方に向き直った。
「近頃、この辺りで覗きが頻発してるらしいの。気を付けなさいね。
あなたはちょっと抜けてる所があるから、心配で」
ハヤトは肩をすくめた。仮にもここは次期ボンゴレのアジト。セキュリティーに抜かりはない。
痴漢騒動なんて縁のない話だ。考えれば分かるだろうに、姉の心配性にも困ったものだと思う。
だが、ハヤトは気付いていなかった。もう一人、困った心配性がいたことに。
×××
熱い湯を浴びて、一日の疲れを洗い流す。ほっと一息つく時間。本来、入浴とはそういうものだ。
それなのに。
ハヤトは酷く落ち着かない気持ちで、ガラス越しに立っている人影に声をかけた。
「あのー……」
すると、影は軽く身じろぎをして、「ん?」と答える。
「あの、何ていうか……やっぱり一人で平気です。だから、見張りなんて……」
ハヤトはごにょごにょと言った。
――今夜から、ハヤトがお風呂入ってる時は、オレが外で見張りに立つから。
他でもないツナの申し出を、ハヤトは断りきれなかったのだ。
でも、わざわざ彼の手を煩わせなくとも、覗きが発生する確率はゼロに近い。
何より、恥ずかしかった。彼が側にいると思うと、緊張して体が洗えない。
ハヤトの思いを知ってか知らずか、「そうはいかないよ」という声が返ってきた。
「オレが嫌なんだ。他の奴に、ハヤトの体を見られると思ったらさ」
拗ねたような口調。ハヤトはきゅっと、胸が甘酸っぱく痛むのを感じた。
何だろう、これ。好きなのに、締め付けられるような痛み。息苦しいくらいの。
「……オレだってまだ見たことないのに」
思わず、ハヤトはシャンプーのボトルを取り落とした。バスルームに鈍い音が響く。
「ちょっ、どうしたの!?」
「だ、大丈夫です大丈夫です! 開けないで……っ!」
ハヤトは真っ赤になってツナを遮った。
だって、今、すごいことを言われた気がする。
胸の痛みはいつの間にか消えて、うるさい鼓動だけが残っていた。