ヒバリさんの片思い。ディノさんが割と天然。
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ぽたり、と血の落ちる音がする。修業はいつも真剣勝負。終わる頃にはボロボロだ。
対峙するヒバリも血だらけだった。真っ黒な瞳で、こちらを凛と見据えている。
――その時、屋敷の時計が七時を刻んだ。
「今日はここまでだ」
ヒバリは素直にトンファーを下ろした。
「ボス、治療が必要か?」
「いや、大丈夫だ。お前は先に戻ってくれ」
安心させるように笑うと、ロマーリオは頷き、去っていった。
「……これでいいんだろ? 約束通り、部下は帰したぜ」
「ついて来なよ」
ヒバリは先に立って歩き出した。美しい並木道が屋敷まで続く。木々の隙間から風が零れた。
「ロマーリオはイイ奴なのに、お前何で嫌がるんだ?」
思いきってそう口にすると、「群れるのは嫌いでね」と素っ気ない声が返ってきた。
そのくせ、戦闘となれば嬉々として、ディーノに相手をさせるのだ。
要するにバトルマニアである。全く、困った奴だ。
「ま、お前が強くなれば、ボンゴレにとって確実にプラスだよな」
「僕はどーでもいいよ、そんなの」
ヒバリらしいというか、何というか。思わず苦笑してしまう。
「でも、戦うのは好きだろ?」
「そうだね」と答えて、ヒバリは徐に振り向いた。
「戦ってる時のあなたも好きだよ」
ストレートに好意をぶつけられて、頬がさあっと紅潮するのが自分でも分かった。
嬉しい。特別だと言われているようで、胸が高鳴る。
一瞬、右足と左足のどっちを出せばいいか分からなくなり、ディーノは派手に転んだ。
「……何してるの?」とヒバリが呆れた顔をする。
「えーと、足がもつれて……」
立ち上がろうとして、また「痛っ!」とその場にへたり込んだ。
「今度は何?」
「血が……目に入った」
踏んだり蹴ったりといった所か。両目を閉じて唸っていると、ふわりとしたキスが振ってきた。
触れるだけなのに、酷く気持ちいい。
「ひゃ……ッ……!」
顔を舐められ、ディーノはびくりとして目を開けた。
鼻やら額やらを、ぺろぺろと舌がなぞっていく。
「ていうか……痛え。ちょ、恭弥、傷口が……」
身震いをしながら、力ずくで引き剥がす。ヒバリは傷付いた様子で唇をかんだ。
まるで、気まぐれな仔猫のよう。そんなに拗ねないで欲しい、拒絶する気はないのだから。
ディーノはヒバリの手を取って、人差し指を舐めた。「お返しな」と言って笑いかける。
ヒバリは急に立ち上がり、ディーノを置いて屋敷の方へ行ってしまった。
あまりのことに、呆気に取られる。もしかして、怒らせてしまったのだろうか。
「ま、待てよ恭弥っ」
慌てて、気まぐれな彼を追いかけた。
6
波が引いていくように、浅い眠りから醒めた。軽く頭痛がする。寝不足の証拠だ。
昨夜はディーノが来ていたのだが、授業が長引いたのでそのまま泊めることにしたのだ。
同じ部屋で寝たというわけではない。彼には客間を使わせてある。
何も意識する必要などないのに、目が冴えて眠れないとはどうしたことか。
ちょっと嫌気を覚えつつ、着替えて部屋の外に出た。
「おはようございます」
使用人の一人と廊下で出くわし、頭を下げられた。
「ディーノはもう起きてる?」
さり気ないふりを装って、ヒバリは尋ねた。あの人は何をしでかすか分からないから。
平坦な道でも転ぶし、目が離せない。勝手にあちこちうろついてなければ良いが。
「はい。先程、お部屋に朝食をお持ちしました」
意外な返答だった。寝室で食事するなんて、病人じゃあるまいし。
食堂の場所は昨日教えておいたのだが、まさか忘れてしまったのだろうか。
いや、ディーノならば有り得なくもない。
「……全く、世話が焼けるね」
そう呟きながら、彼のいる客間へ向かった。
×××
戸を押し開けると、白い光が溢れてきた。既に窓を開け放しているらしい。
ヒバリは眩しさに顔をしかめ、その場に立ち尽くした。
「恭弥か? 入って来いよ」
声のする方へ近付いていく。ディーノはベッドの上でパンをかじっていた。
少し乱れた髪の毛。肌には薄いシャツを羽織っているだけ。どことなく気だるい雰囲気だ。
しかし、本人は自覚がないらしく、「お前の家、料理が美味しいよな」と暢気な笑顔を見せる。
「どーでもいいけど、パン屑がシーツに散らばってるよ」
「うわっ! すまん!」
慌てた様子だが、ヒバリが掃除するわけではないので構わない。
口元にもたくさん屑が付いていた。ヒバリは指先でそれを拭い取り、自分の口に運んだ。
流石に、ディーノもどぎまぎとした表情を見せる。いい気味だ。
「何で食堂に行かなかったの?」
「ん……朝はベッドの中で食べるのが好きなんだよ」
道順を忘れたのだろうと踏んでいたが、どうやら違うようだ。
「何かマズかったか?」と上目遣いに訊かれて、ヒバリは目を逸らした。
「僕もここで一緒に食べようかな」
思い付きで言ったところ、ディーノは顔を輝かせた。
「そーか? じゃあこのパン、半分こしようぜ」
差し出してきたのは、紅茶の香りのするパンだった。
そのまま食べても良い味なのだが、彼はさらにクリームを塗る気満々だ。
「別にいいよ。同じものを持って来させるから」
「時間かかるだろ、それだと。いいから先にこっちを食べろよ」
結局、言われるままパンを受け取った。ディーノが幸せそうに自分の分を頬張る。
ヒバリは黙って窓の外を見上げた。よく晴れた空が広がっている。
――さあ、今日はどうやって彼を引き止めようか。
7
雨上がりの空は、徐々に蒸し暑くなってきた。勉強しやすい天候ではなかったが、
文句を言っても仕方ない。ヒバリは淡々とシャーペンを動かした。
「ガリバルディの千人隊が……1860年?」
「そう。ついでに、カヴールとマッツィーニも覚えとくといいぜ」
キリがいい所で一旦休憩。ディーノが大きく伸びをした。
もうすぐテストだと聞いて、妙に気合いが入っている。
特に頑張る予定のなかったヒバリも、家庭教師の時間延長には素直に同意した。
「暑いなー、今日は」
そう言って、ディーノはごろりとソファーに横になった。
「クーラー付けてもいいけど」
「ん……いや、地球のために我慢する」
「何それ」
エコロジーも結構だが、体調を崩されても困る。
横顔を見つめていると、彼は不意にこちらを向いて「恭弥は暑くねーの?」と尋ねた。
「別に」
「ふうん。何でだろーな」
「あなたは髪が長いから、余計に暑いんじゃないの」
言ってしまってから、ヒバリはすぐに後悔した。
素直なディーノのことだ、真に受けて髪を切るかもしれない。喜ばしくない展開だ。
彼のサラサラした金髪を、ヒバリは密かに気に入っている。
そんな思いなど知る由もなく、ディーノは突然「そうか!」と声を上げた。
「思い出した、オレいい物持ってるんだ」
子供のようにはしゃいで、何やらポケットを探る。
勿体ぶって取り出したのは、ごく普通の輪ゴムだった。
「……何に使うの?」
「髪を結ぶんだよ。そしたら、少しは涼しくなるだろ」
自分では名案のつもりらしい。実行すべく、髪をいじり始めた。
が、ディーノは変な所で不器用で、なかなか上手く結べない。
しまいにはピンと音を立てて、輪ゴムがヒバリの所に飛んで来た。
「あなた、もしかして遊んでる?」
「ち、違げーよ! 何か上手く行かなくて……」
頬を染めて弁解する。ヒバリはちょっと黙ってから、「僕がやるよ」と輪ゴムを取り上げた。
物言いたげな様子だが、ディーノは反論しなかった。その方が早いと悟ったのだろう。
指先に絡めると、金髪が甘い光を放つ。
「綺麗な色だね」
ディーノは「そんなの久しぶりに言われた」と笑顔を見せた。
「……前にも言われたことあるんだ」
「子供の頃な。綺麗な金髪だって、よく褒めてもらったぜ。……他に取り柄なかったし」
ゴムで束ねると、白いうなじが剥き出しになった。
繰り返しそこを撫でる。咬み付きたい衝動に駆られた。
ディーノが細く吐息を漏らす。
「恭弥の手、冷たくて気持ちいい。ちょっと眠くなってきた」
この安心しきった態度は何だ。ヒバリはすっかり腹を立てて、ディーノの髪を引っ張った。
8
今日の授業は中止な。開口一番にそう言うと、ヒバリは訝しげな顔をした。
「何で」
「何でってお前……もっと嬉しそうな顔しろよ」
頬をつついてやると、うるさそうに振り払われた。無理もない。
寧ろ、殴られなくなった分、親睦は深まったと言える。
「リボーンに聞いたぜ。この前のテスト、学年トップだったんだろ?」
リボーンは何故かヒバリの成績を知っていて、家庭教師としてディーノを褒めたのだった。
出来のいい生徒を持って、何だか誇らしい。
「ああ、そんなこともあったね」
「御褒美として、今日は休み。今からどうする?」
何でもいいぜ、と笑いかける。思う存分戦いたいとか、きっとそんな所だろう。
しかし、思いがけずヒバリは考え込んだ。徐に顔を上げて、「あなたは何がしたいの?」と尋ねる。
ディーノは目をぱちぱちさせながらも、素直に希望を口にした。
×××
しっかりと上着を着込んで、午後の公園を歩く。銀杏の木が綺麗に色付いていた。
買ったばかりのパンを両手に抱えて、ディーノは上機嫌だった。
ヒバリが横目でちらっと見て、呆れたように息を吐く。
「発想が年寄り臭いよ」
「そりゃ、お前に比べりゃ若くはないさ」
ディーノはあっさり開き直った。雲雀邸の近くには、広い中央公園がある。
ハトが集まる場所だというので、餌をやってみたかったのだ。確かに年寄り臭いかもしれない。
(何だかんだ言って、よく付き合ってくれたな……)
どういう風の吹き回しだろうか。ひょっとして、彼も密かにハトが好きなのか。
そんなことを考えながら歩いていると、広場が見えてきた。ハトたちも羽を休めている。
ディーノは早速近付いて、パン屑を地面にまいた。
途端に皆が群がって、ちょっとした騒ぎになる。
「うわっ、いっぱい寄ってきた!」
「はしゃぐのはいいけど、池に落ちたりしないでね」
ヒバリは一言念押してから、さっさとベンチに腰掛けた。つれない奴だ。
しかし、側にいない方が好都合かもしれない。彼ならハトの群れを蹴散らしかねないからだ。
白いハトたちを見て和んでいると、一羽だけ黄色い鳥がやって来た。
「お前、恭弥の……」
思わず手を伸ばすと、ヒバードはすぐ掌に乗ってきた。飼い主に似ず、人懐こい性格らしい。
嬉しくなって、そのままヒバリの所に駆け付けた。
「恭弥、コイツすげー可愛いな」
「気に入ったの?」
ディーノは頷き「甘えてくるからな」と答えた。ヒバードは餌を求めて、指の間をつついてくる。
くすぐったくて笑いながら、ふわふわした背中を撫でてやった。
「ねえ、僕には?」
不意に、ヒバリが身を乗り出してきた。
「僕よりハトの方が好き?」
「そんなわけねーだろ」
可愛い生徒のために、一番上等のパンは取ってあるのだ。
そう告げると、ヒバリは静かに首を振った。
「僕が欲しいのは、こっち」
そう言って、唇に触れてくる。ディーノから口付けろということらしい。
――まあ、何でもいいとは言ったけれど。甘えてくる生徒を前に、どうしたものか考えた。