予備校ジャーナル

講師ツナ×スタッフ獄。モデルは河●塾だったりします。
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5



 今更のように気付いたが、ピザは結構匂いがキツい。授業の前に、歯を磨いておかないと。
 隣りを見ると、獄寺はまだ一切れ目をちびちびと食べていた。どうも食が細いようだ。

「ツナ、冬期スケジュールは確認したか?」

 リボーンが話しかけてきた。こっちは見た目によらず大食いで、既に一枚完食している。

「ああ、ぎっちり詰まってた。イブも丸々つぶれるし」
「どうせ、一緒に過ごす相手もいねーだろ」
「ほっとけよ!」

 すると、獄寺は食べかけのピザを置いて、「講師って大変ですね」としみじみ言った。

「受験期だからな」

 次の一枚に手を伸ばしながら、リボーンは淡々と語った。
 予備校には、クリスマスも正月も関係ない。まさに受験シーズン真っ盛りなのだから。
 冬だけでなく、夏休み春休みも、長期休暇は頑張り所だ。

「生徒だけじゃなく、講師も力を付けるチャンスなんだ。ツナなんか、丁度伸び盛りだぞ」

 褒めているようだが、要するに現段階が未熟だという意味だ。
 しかし、獄寺はすっかり感心したらしく、きらきらした目で沢田を見上げた。

「勉強家なんですね」
「いや、そう大したことは……」

 沢田は照れて頭をかいた。好印象を持ってくれたのだから、これはこれでいいだろう。
 一方、リボーンは食事を終えてエスプレッソを飲んでいたが、ニヤリと笑って顔を上げた。

「元々、学者の家柄だからな。コイツは沢田家康の孫なんだ」

 咄嗟にサラミを喉に詰まらせ、沢田は勢いよく咳き込んだ。
 獄寺は驚いた顔で、ぱちぱちと数回瞬きをした。

「沢田家康って、あの……」
「かつて、国文研究の頂点にいた男だぞ」
「バッ……余計なこと言うなって!」

 せっかくいい雰囲気になってきたのだから、変な話題を持ち出さないで欲しい。
 引いてるんじゃないかと不安で、そっと獄寺の方を見る。

「オレ、その人の参考書持ってます! 江戸文学の!」
「へ……?」

 予想外の反応に、沢田はしばし呆気に取られた。が、我に返り、鞄から例の参考書を取り出す。

「もしかして、コレのこと?」
「あ、はい! いい本ですよね、コレ」

 獄寺はにこっと笑った。いい本かどうかはともかく、彼は気に入っているらしい。
 笑顔が可愛いなと思って見つめていると、再びリボーンに背中を蹴られた。

「素質は十分あるんだ。冬期ひたすら働いて、実力付けとけよ」
「いちいち蹴るな!」

 この社長は、沢田にばかりスパルタだ。いや、気のせいではなく。

「それにしたってハードだろ……。何か出張も入ってるし」

 目をかけてくれているのは分かるが、素直に喜ぶ気になれない。
 忙しいのは他の講師もおなじなので、あまり文句も言えないけれど。
 獄寺は隣りで微笑しながら聞いていた。ふと思い付いて、ためらいがちに口を開く。

「獄寺君ってさ、イブは予定入ってる……よね?」

 ダメ元で訊いてみると、獄寺はきょとんと沢田を見返した。

「何もありませんけど」
「え……嘘!? ホント!?」

 多忙なクリスマスに、一条の光が差してきた。これを逃す手はない。

「じゃあさ、夜にでも遊びに行っていい? 一緒に食事しよう!」

 強引に誘うと、獄寺は勢いに押されて頷いた。途端に安らいだ気分になる。
 一足早く、サンタがプレゼントをくれたようで、沢田は自然と笑顔を見せた。










6



 休日の朝、着替えを済ませた獄寺は、ぼんやりと雑誌をめくっていた。
 料理は苦手なので、朝食は抜き。生活能力がないのを、育った環境のせいにしている。
 実際の所、獄寺は面倒臭がりだった。まだ新聞を取っていなかったので、渋々立ち上がる。

「ツナ兄、起きてよー!」

 外で何やら声がする。不審に思って、獄寺はドアから顔を出した。

「いるんでしょ、ツナ兄ー!」

 沢田の部屋の前で、高校生くらいの少年がしきりに騒いでいた。
 目が合ったので、慌てて顔を引っ込める。

「あれっ、獄寺チューター?」

 思いがけず、彼はこちらに駆け寄ってきた。改めて確認すると、見覚えのある顔だ。

「お前はFクラスの……」
「フゥ太です。獄寺チューターって、ツナ兄の隣りに住んでたんだね!」

 フゥ太は予備校に通う生徒の一人で、以前面談を担当したこともある。
 真面目な少年だが、それ以上に不思議というか、とにかく妙な奴だった。

「朝っぱらから、沢田先生に何の用だ?」
「授業の質問したいんだけど、出てきてくれないんだ。……そうだ、今度は獄寺チューターが
やってみてよ」

 フゥ太は無邪気な顔で、沢田の部屋のインターホンを押した。数秒の間があった。

『ああもう、フゥ太だろ!? 何か恨みでもあんのかよ!』
「す……すみません、獄寺ですが……」

 すると、立て続けに大きな音がして、勢いよく戸が開いた。

「ゴメン獄寺君、今のは人違いで……!」
「いえ、オレは……」

 何と言っていいか分からず、獄寺は言葉を濁した。

「パジャマのまま出てくるの、やめた方がいいと思うよ」

 獄寺の陰に隠れていたフゥ太が、ひょこっと顔を覗かせた。


×××


「僕の家はツナ兄の実家の近所で、小さい頃よく遊んでもらったんだ」
「先生って呼べって言ってんだろ」

 沢田はフゥ太の頭を小突いた。何だかよく分からないまま、獄寺もその場に同席していた。
 文句を言いつつも、丁寧に勉強を見てやっている。着替えて、今日はジーパン姿だ。

「獄寺君の私服って、何か新鮮だな」

 言われてみれば、獄寺もラフな服装だった。沢田は顔を上げて、「よく似合うね」と微笑した。

「ねえ、今度からハヤト兄って呼んでもいい?」
「は?」

 面食らっていると、沢田が「いいわけないだろ!」と代わりに答えた。

「ったくお前は、すぐそうやって子供みたいに……」

 再び頭を叩こうとするが、今度はフゥ太が上手くかわした。見ていて思わず笑ってしまった。

「ツナ兄、僕お腹空いた」
「はいはい、分かったよ」

 何だかんだ言って、仲はいいらしい。沢田は苦笑しながら立ち上がった。

「獄寺君は、朝御飯もう食べた?」
「えっと……オレ、朝はいつも食べないので」

 正直に答えると、沢田は途端に目を丸くした。

「何言ってんだよ! こんな細い体して……」

 朝食抜きは、彼にとって許せないらしい。「作るから、ちょっと待ってて!」と言い残して、
 沢田は台所に消えた。

「……沢田先生って、たまにすごく激しいよな」
「好かれてるんだよ、ハヤト兄」

 フゥ太はクスクス笑いながら、そんなことを口にした。










7



 直前講習の時期になった。いよいよ受験も大詰めだ。
 生徒が徐々に抜けていくこの頃、コマ数も急に少なくなった。しかし、仕事は山ほどある。
 朝から学習相談に応じて、昼食を取っていなかった。午後二時、空腹で倒れそうだ。

「お疲れ様です、沢田先生!」

 後ろから獄寺が駆け寄ってきた。一緒に食事するなど、最近ではかなり親しくしている。
 彼も仕事が忙しいのか、珍しく眼鏡をかけていた。

「……獄寺君!」
「な……何ですか?」
「疲れたオレを……癒してくれ……」

 実際、疲れていたのだろう。つい馬鹿げたことを言ってしまった。
 しかし、獄寺は動じるでもなくにこっと笑った。

「じゃあ、コーヒーでも淹れましょうか」
「え」
「こっちでお湯貰いましょう」

 言われるまま、校内のカフェテリアに入る。受験前で中は閑散としていた。
 獄寺は適当に席を取り、ポケットから小さな包みを取り出した。

「コンビニで買った奴だけど、結構旨いんスよ」

 カップはカウンターに置いてあるものを使った。カプチーノの香りが広がる。

「えっと……何かゴメンね」
「いいえ、いつもお世話になってますから」

 職場にもすっかり慣れたのだろう。おどおどした雰囲気が抜けて、明るい顔をしている。
 彼を見ていると心が和んだ。……何と言うか、不毛だけれど。

「ツナじゃねーか、久しぶりだな!」
「……ディーノさん」

 世界史講師のディーノは、大学の先輩でもある。ツナは軽く頭を下げた。
 彼は正月から大阪に出張していて、久々の再会だった。

「オレ、そろそろ行きますね。リボーンさんに用があるので」
「あ……うん」

 仕事中なら、引き止めるわけにもいかない。入れ違いにディーノが来て、近くの椅子に腰掛けた。

「出張大変だったでしょ? 今日戻られたんですか?」
「いや、そっちは先月終わったぜ。そうじゃなくて、今学期から週2で横浜行くことになってな」
「はあ!?」

 ツナは目を丸くした。人気講師ともなれば、あちこち飛び回って授業するのはよくある話だ。
 確かに、それは知っていたが。

「でも、会社の方も忙しいんじゃ……。この間も、新しい店始めたって」

 予備校講師などしているが、ディーノはキャバッローネ・コーポレーションの御曹司なのだ。
 それでなくても多忙のはず。ツナの心配をよそに、当人は笑って首をすくめた。

「あー、あの店な、雲雀組に取られちまった」
「は……?」
「アイツも今や、立派なヤクザだよなー」

 雲雀恭弥はディーノ同様、大学の先輩だった。
 卒業後は政界に進んだが、一方で極道めいたことにも手を出している怖い人だ。

「ていうか、何で商売敵!? ヒバリさん、何か恨みでもあるんですか……?」
「さーな。でも、いずれ借りは返すぜ」

 ディーノは楽しげに言った。二人の間では、仁義なき戦いが既に始まっているらしい。
 元気なものだと内心呆れながら、ツナはカプチーノを飲んだ。

「それ旨そうだな。一口貰っていいか?」
「ダメです! 獄寺君がくれたんだから……!」

 反射的に答えてから、ツナはさっと赤くなった。さっきから何を言ってるんだろう、自分は。
 幸い、ディーノは気にするでもなく、「さっきのチューターのことか?」と尋ねた。

「はい……あの、偶然家が隣りで、友達っていうか、その……」

 しどろもどろに説明する。すると、今度は真面目な顔で、ディーノは何やら考え込んだ。

「……どうかしたんですか?」
「いや……獄寺って、どっかで聞いた名前だな」

 妙な沈黙が訪れた。カプチーノが甘く、柔らかい湯気を放っていた。
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