講師ツナ×スタッフ獄。モデルは河●塾だったりします。
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今更のように気付いたが、ピザは結構匂いがキツい。授業の前に、歯を磨いておかないと。
隣りを見ると、獄寺はまだ一切れ目をちびちびと食べていた。どうも食が細いようだ。
「ツナ、冬期スケジュールは確認したか?」
リボーンが話しかけてきた。こっちは見た目によらず大食いで、既に一枚完食している。
「ああ、ぎっちり詰まってた。イブも丸々つぶれるし」
「どうせ、一緒に過ごす相手もいねーだろ」
「ほっとけよ!」
すると、獄寺は食べかけのピザを置いて、「講師って大変ですね」としみじみ言った。
「受験期だからな」
次の一枚に手を伸ばしながら、リボーンは淡々と語った。
予備校には、クリスマスも正月も関係ない。まさに受験シーズン真っ盛りなのだから。
冬だけでなく、夏休み春休みも、長期休暇は頑張り所だ。
「生徒だけじゃなく、講師も力を付けるチャンスなんだ。ツナなんか、丁度伸び盛りだぞ」
褒めているようだが、要するに現段階が未熟だという意味だ。
しかし、獄寺はすっかり感心したらしく、きらきらした目で沢田を見上げた。
「勉強家なんですね」
「いや、そう大したことは……」
沢田は照れて頭をかいた。好印象を持ってくれたのだから、これはこれでいいだろう。
一方、リボーンは食事を終えてエスプレッソを飲んでいたが、ニヤリと笑って顔を上げた。
「元々、学者の家柄だからな。コイツは沢田家康の孫なんだ」
咄嗟にサラミを喉に詰まらせ、沢田は勢いよく咳き込んだ。
獄寺は驚いた顔で、ぱちぱちと数回瞬きをした。
「沢田家康って、あの……」
「かつて、国文研究の頂点にいた男だぞ」
「バッ……余計なこと言うなって!」
せっかくいい雰囲気になってきたのだから、変な話題を持ち出さないで欲しい。
引いてるんじゃないかと不安で、そっと獄寺の方を見る。
「オレ、その人の参考書持ってます! 江戸文学の!」
「へ……?」
予想外の反応に、沢田はしばし呆気に取られた。が、我に返り、鞄から例の参考書を取り出す。
「もしかして、コレのこと?」
「あ、はい! いい本ですよね、コレ」
獄寺はにこっと笑った。いい本かどうかはともかく、彼は気に入っているらしい。
笑顔が可愛いなと思って見つめていると、再びリボーンに背中を蹴られた。
「素質は十分あるんだ。冬期ひたすら働いて、実力付けとけよ」
「いちいち蹴るな!」
この社長は、沢田にばかりスパルタだ。いや、気のせいではなく。
「それにしたってハードだろ……。何か出張も入ってるし」
目をかけてくれているのは分かるが、素直に喜ぶ気になれない。
忙しいのは他の講師もおなじなので、あまり文句も言えないけれど。
獄寺は隣りで微笑しながら聞いていた。ふと思い付いて、ためらいがちに口を開く。
「獄寺君ってさ、イブは予定入ってる……よね?」
ダメ元で訊いてみると、獄寺はきょとんと沢田を見返した。
「何もありませんけど」
「え……嘘!? ホント!?」
多忙なクリスマスに、一条の光が差してきた。これを逃す手はない。
「じゃあさ、夜にでも遊びに行っていい? 一緒に食事しよう!」
強引に誘うと、獄寺は勢いに押されて頷いた。途端に安らいだ気分になる。
一足早く、サンタがプレゼントをくれたようで、沢田は自然と笑顔を見せた。
6
休日の朝、着替えを済ませた獄寺は、ぼんやりと雑誌をめくっていた。
料理は苦手なので、朝食は抜き。生活能力がないのを、育った環境のせいにしている。
実際の所、獄寺は面倒臭がりだった。まだ新聞を取っていなかったので、渋々立ち上がる。
「ツナ兄、起きてよー!」
外で何やら声がする。不審に思って、獄寺はドアから顔を出した。
「いるんでしょ、ツナ兄ー!」
沢田の部屋の前で、高校生くらいの少年がしきりに騒いでいた。
目が合ったので、慌てて顔を引っ込める。
「あれっ、獄寺チューター?」
思いがけず、彼はこちらに駆け寄ってきた。改めて確認すると、見覚えのある顔だ。
「お前はFクラスの……」
「フゥ太です。獄寺チューターって、ツナ兄の隣りに住んでたんだね!」
フゥ太は予備校に通う生徒の一人で、以前面談を担当したこともある。
真面目な少年だが、それ以上に不思議というか、とにかく妙な奴だった。
「朝っぱらから、沢田先生に何の用だ?」
「授業の質問したいんだけど、出てきてくれないんだ。……そうだ、今度は獄寺チューターが
やってみてよ」
フゥ太は無邪気な顔で、沢田の部屋のインターホンを押した。数秒の間があった。
『ああもう、フゥ太だろ!? 何か恨みでもあんのかよ!』
「す……すみません、獄寺ですが……」
すると、立て続けに大きな音がして、勢いよく戸が開いた。
「ゴメン獄寺君、今のは人違いで……!」
「いえ、オレは……」
何と言っていいか分からず、獄寺は言葉を濁した。
「パジャマのまま出てくるの、やめた方がいいと思うよ」
獄寺の陰に隠れていたフゥ太が、ひょこっと顔を覗かせた。
×××
「僕の家はツナ兄の実家の近所で、小さい頃よく遊んでもらったんだ」
「先生って呼べって言ってんだろ」
沢田はフゥ太の頭を小突いた。何だかよく分からないまま、獄寺もその場に同席していた。
文句を言いつつも、丁寧に勉強を見てやっている。着替えて、今日はジーパン姿だ。
「獄寺君の私服って、何か新鮮だな」
言われてみれば、獄寺もラフな服装だった。沢田は顔を上げて、「よく似合うね」と微笑した。
「ねえ、今度からハヤト兄って呼んでもいい?」
「は?」
面食らっていると、沢田が「いいわけないだろ!」と代わりに答えた。
「ったくお前は、すぐそうやって子供みたいに……」
再び頭を叩こうとするが、今度はフゥ太が上手くかわした。見ていて思わず笑ってしまった。
「ツナ兄、僕お腹空いた」
「はいはい、分かったよ」
何だかんだ言って、仲はいいらしい。沢田は苦笑しながら立ち上がった。
「獄寺君は、朝御飯もう食べた?」
「えっと……オレ、朝はいつも食べないので」
正直に答えると、沢田は途端に目を丸くした。
「何言ってんだよ! こんな細い体して……」
朝食抜きは、彼にとって許せないらしい。「作るから、ちょっと待ってて!」と言い残して、
沢田は台所に消えた。
「……沢田先生って、たまにすごく激しいよな」
「好かれてるんだよ、ハヤト兄」
フゥ太はクスクス笑いながら、そんなことを口にした。
7
直前講習の時期になった。いよいよ受験も大詰めだ。
生徒が徐々に抜けていくこの頃、コマ数も急に少なくなった。しかし、仕事は山ほどある。
朝から学習相談に応じて、昼食を取っていなかった。午後二時、空腹で倒れそうだ。
「お疲れ様です、沢田先生!」
後ろから獄寺が駆け寄ってきた。一緒に食事するなど、最近ではかなり親しくしている。
彼も仕事が忙しいのか、珍しく眼鏡をかけていた。
「……獄寺君!」
「な……何ですか?」
「疲れたオレを……癒してくれ……」
実際、疲れていたのだろう。つい馬鹿げたことを言ってしまった。
しかし、獄寺は動じるでもなくにこっと笑った。
「じゃあ、コーヒーでも淹れましょうか」
「え」
「こっちでお湯貰いましょう」
言われるまま、校内のカフェテリアに入る。受験前で中は閑散としていた。
獄寺は適当に席を取り、ポケットから小さな包みを取り出した。
「コンビニで買った奴だけど、結構旨いんスよ」
カップはカウンターに置いてあるものを使った。カプチーノの香りが広がる。
「えっと……何かゴメンね」
「いいえ、いつもお世話になってますから」
職場にもすっかり慣れたのだろう。おどおどした雰囲気が抜けて、明るい顔をしている。
彼を見ていると心が和んだ。……何と言うか、不毛だけれど。
「ツナじゃねーか、久しぶりだな!」
「……ディーノさん」
世界史講師のディーノは、大学の先輩でもある。ツナは軽く頭を下げた。
彼は正月から大阪に出張していて、久々の再会だった。
「オレ、そろそろ行きますね。リボーンさんに用があるので」
「あ……うん」
仕事中なら、引き止めるわけにもいかない。入れ違いにディーノが来て、近くの椅子に腰掛けた。
「出張大変だったでしょ? 今日戻られたんですか?」
「いや、そっちは先月終わったぜ。そうじゃなくて、今学期から週2で横浜行くことになってな」
「はあ!?」
ツナは目を丸くした。人気講師ともなれば、あちこち飛び回って授業するのはよくある話だ。
確かに、それは知っていたが。
「でも、会社の方も忙しいんじゃ……。この間も、新しい店始めたって」
予備校講師などしているが、ディーノはキャバッローネ・コーポレーションの御曹司なのだ。
それでなくても多忙のはず。ツナの心配をよそに、当人は笑って首をすくめた。
「あー、あの店な、雲雀組に取られちまった」
「は……?」
「アイツも今や、立派なヤクザだよなー」
雲雀恭弥はディーノ同様、大学の先輩だった。
卒業後は政界に進んだが、一方で極道めいたことにも手を出している怖い人だ。
「ていうか、何で商売敵!? ヒバリさん、何か恨みでもあるんですか……?」
「さーな。でも、いずれ借りは返すぜ」
ディーノは楽しげに言った。二人の間では、仁義なき戦いが既に始まっているらしい。
元気なものだと内心呆れながら、ツナはカプチーノを飲んだ。
「それ旨そうだな。一口貰っていいか?」
「ダメです! 獄寺君がくれたんだから……!」
反射的に答えてから、ツナはさっと赤くなった。さっきから何を言ってるんだろう、自分は。
幸い、ディーノは気にするでもなく、「さっきのチューターのことか?」と尋ねた。
「はい……あの、偶然家が隣りで、友達っていうか、その……」
しどろもどろに説明する。すると、今度は真面目な顔で、ディーノは何やら考え込んだ。
「……どうかしたんですか?」
「いや……獄寺って、どっかで聞いた名前だな」
妙な沈黙が訪れた。カプチーノが甘く、柔らかい湯気を放っていた。