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1 ハ/ネ/ウ/マ/ラ/イ/ダ/ー
道の先に、鮮やかな金髪を発見した。そういえば、ディーノが泊まっているホテルはこの近くだ。
ヒバリはスロットルを回して、ディーノの後を追いかけた。
「うわっ、恭弥? 驚かすなよ」
周りに部下の姿はなく、ディーノは一人だった。そのすぐ隣りにバイクを止める。
「あなた、今からどこ行くの?」
「んー、適当にぶらついてただけなんだけどな」
ディーノはそう答えながら、興味津々にバイクを覗き込んできた。
「へえ、刀か。シブい趣味だな」
漢字名が付いているので、外国人にはウケるのだろう。目をきらきらさせている。
‘中学生がバイクなんか乗っていいのか’ということは、疑問にも思っていない顔だ。
「後ろに乗せてくれよ。あ、今忙しいのか?」
ディーノに会わなければ、風紀の見回りに行く予定だった。(ほとんど一方的な狩りだけれど)
だが、今となってはどうでもいい。ヘルメットを手渡し、「早く乗れば」と促した。
×××
ステップが短いので、後ろに乗る方も大変らしい。ぴったりとしがみ付いてくる。
何か話しかけられたが、風の音がうるさくて分からなかった。信号で一時停止する。
「何」
「いい天気だな、って言ったんだ」
ディーノは小首を傾げ、「日本語で‘小春日和’だっけ?」と尋ねた。
「バイクだと風が当たるから、案外寒いよ」
「確かにそーかも」
満足気に目を細めているのが、ミラー越しに見えた。
無免許なんだと言ったら、少しは慌てるだろうか。さらに言うなら、ヒバリはノーヘルだった。
「なあ、海まで行こうぜ」
不意に、ディーノがそんなことを言った。何故この時季にと、訝しく思う。
「どうせなら、このまま遠くまで行ってみてーんだ」
限りなく甘い誘いを、笑いながら、さり気なく。
たやすく動揺してしまったなんて、知られるわけにはいかない。
「時間かかるか、やっぱり」
「知らないよ。行ったことないから」
しかし、頭の中では海岸通りまでの経路を思い描き、次の交差点でハンドルを切っていた。
いつになく安全運転。そもそも二人乗り自体、相手がディーノでなければ有り得ない。
二月の空が柔らかに光る。ディーノが「ヒコーキ雲だ!」と指差してはしゃいだ。
「あれって、すごいスピード出てるはずなのに、地上からだとゆっくりに見えるよな。何でだろ?」
「……前から思ってたけど、あなたってバカじゃないの」
後ろから軽く小突かれた。雲は遠く遠く伸びて、端の方から消えていく。
「何か、追いつけそうな気がしねえ? ちょっとスピード上げればさ」
照れ隠しのように、今度はぎゅっと抱きついてくる。
そんな彼に、ヒバリは「しっかりつかまって」と囁いた。
そして、一気に加速する。流石に驚いたらしく、ディーノが間抜けな悲鳴を上げた。
お望みとあらば、あの雲の向こうまで。もう、降ろしてなんかやらない。
――乗せて行きたいと思ったのは、きっと僕の方だから。
2 一月某日
ノックもなしに、応接室の戸が開いた。誰が来たのかは見当が付く。
ヒバリがそちらに目をやると、案の定、金髪の青年が顔を覗かせていた。
「ああ、いたいた。お前、チョコ食わねえ?」
ヒバリが聞き返すより早く、ディーノは一旦顔を引っ込めた。
かと思えば、今度は大きな箱を抱えて、部屋の中に入ってきた。
「何そのデカい箱」
包装紙を剥がすディーノの手元を、横から覗き込む。
「全部チョコだよ。甘いモン食いてえって言ったら、部下が買ってきてくれたんだけどな。
まさかこんな量になるとは……」
一人じゃ食べきれないから貰ってくれ、と頭をかく。
ディーノは誰からも愛される性格だ。彼を喜ばせるためならと、部下も張り切ったのだろう。
何だか面白くない。ヒバリは無造作にチョコを三粒つまみ、いっぺんに口に放り込んだ。
「お前、チョコ好きなんだな」
「……別に。嫌いじゃないけど」
素気なく答えると、ディーノは満足気に笑った。
「あ、コレ旨そう」
ディーノが選んだのは、ハート型のホワイトチョコだった。
「ハイ、あーん」と言いながら、ヒバリの唇にそれを押し付けてくる。
「何の真似……」
「嫌いじゃねーんだろ?」
悪戯っぽい笑顔。――ここまでやっておいて、自覚がないなんて詐欺だ。
溜め息をつきたいのを堪え、ぱくりと食い付いた。
「お、食べた!」
「犬か猫みたいに言わないでくれる?」
指まで食べられたいなら別だけど。胸の内でこっそり付け足す。
「大体、チョコを持ってくるなら一ヶ月後にすればいいのに」
ディーノの無防備さに釣られたのか、ぽろりとそんなことを言ってしまう。
「一ヶ月後に何かあるのか?」
聞き逃してはくれなかったらしい。今更ごまかすわけにもいかなかった。
「……バレンタインデー。日本では、知り合いにチョコを配る日だから」
「へえ。じゃあ、恭弥もオレにチョコくれんのか?」
「あげない」
「何だソレ! 結局お前、自分がチョコ欲しいだけだろ!」
誤解されてしまったが、それもいいだろう。
バレンタインの真の意味など、言えるはずもない。
「でも、いいぜ。バレンタインには、それより高級なの持ってきてやるよ」
ヒバリの頭を軽く撫でてから、ディーノは手ぶらで立ち上がった。
「ちょっと、この箱ここに置いてく気?」
「プレゼント。チョコ好きの恭弥に」
いかにもボスらしい気前の良さを見せて、ディーノは去って行った。
こうして、並盛中応接室に、大量のチョコが残されたのであった。
3 二月某日
ディーノはツナの部屋でくつろいでいた。
弟分とかつての家庭教師がいるこの場所は、羽を休めるのに丁度良い。
不意に、ノックの音がした。ツナが「げっ」と言って顔をこわばらせた。
入ってきたのは奈々である。三人分の菓子とジュースを持ってきてくれたようだ。
「わざわざすみません」
奈々は「どーぞごゆっくり」と言って笑った。
さっそく、菓子に手を伸ばした。チョコレートでコーティングされた、可愛らしいデザインだ。
「……あ! そーいや、もうすぐバレンタインだよな?」
「え? ああ、そうですね」
ツナがちらっとカレンダーを見る。
「やっぱり、予定とかあるんですか?」と、ジュースを飲みながら訊いてきた。
「恭弥がな、チョコ欲しいって言うから」
途端にツナが咳き込んだ。慌てて、背中をさすってやる。
「ヒバリさんが!?」
「意外だろ? アイツがこんなこと言うなんて。よっぽどチョコ好きなんだな」
すると、ツナは「多分それ……チョコが好きっていうより……」とモゴモゴ呟いた。
が、ディーノの耳には届かない。
「ちゃんと用意しとかねーと。そーだ、ツナにも買ってやろうか?」
「いやいやいや! いいです、ヒバリさんに殺されたくないし!」
ツナは何やら必死だった。
×××
並中生徒たちの好奇の視線を浴びながら、ディーノは応接室へ向かった。
手には、イタリアから取り寄せた高級チョコレート。ヒバリも多分気に入るだろう。
ところが、戸を開けてみると、応接室には誰もいなかった。室内はしんとして冷えきっている。
(鍵は開いてんのに……)
とりあえず中に入った。それにしても寒い。暖房を入れようとして、ふと思い直す。
チョコが溶けるかもしれないと、心配になったのだ。
ディーノは上着のフードを被り、寒さをしのぐことにした。
(恭弥の奴、どこ行ったんだ?)
生徒なのだから教室にいるのが当然だが、ディーノの知る限り、ヒバリはこの部屋を拠点に
風紀の仕事ばかりしていた。くしゅん、と一つクシャミをする。
「随分と可愛らしいクシャミだね」
やっとヒバリが戻ってきた。お帰り、と言おうとして、ディーノはもう一度クシャミをした。
「何て格好してるの、暖房くらい入れなよ」
フードを被った姿を見て、ヒバリは呆れた様子だ。
「あ、ダメだって、溶けるから!」と、ディーノは慌てて止めに入った。
「コレ、約束してたチョコレートな。欲しかったんだろ?」
箱をヒバリに押し付ける。ヒバリは瞬きもせず、それを凝視した。
反応がないので不安に思っていると、やっと聞き取れるくらいの声で「……ありがと」と
言うのが聞こえた。
「こっちに来て、あなたが食べさせてよ」
「どーしたんだ? 急に」
何だか子供みたいだ。甘やかしてやりたい気分になって、ディーノは笑みを浮かべた。
4 ヒバリバースデー'07
キスをされた。
触れるだけの優しい感触は、それと認識する前に去って行った。――何かの間違いではないか。
しかし、冗談で済ませる気はないらしく、ヒバリは二回目のキスを仕掛けてきた。
今度は深い。ソファーに組み敷かれて、天井を見上げる形になる。
(ダメだ……)
一種の恐怖で、背中が震えた。ヒバリが怖いのではない。
単にバランスを失って、天地がひっくり返るような思いがしたのだ。
その間にも、歯列を割って舌が追いかけてくる。
稚拙ながらも吸い上げられて、舌の付け根がきゅんとする。
逃げようにも、一言の抗議さえ叶わない激しさ。いや、そもそもそんなことは思いつかなかった。
唇が離れていく瞬間、ディーノはようやく声を発した。
「恭弥……?」
×××
鯉のぼりが空を泳ぐ昼下がり。馴染みのない行事だが、ほのぼのした雰囲気が気に入った。
尤も、休日などお構いなしに、ヒバリは応接室のソファで何やら仕事をしている。
ディーノも隣りに座って、ぼんやりと外の風景を眺めていた。
「今日、お前の誕生日なんだってな」
唐突にそう切り出すと、ヒバリは「誰から聞いたの」と訝しげな顔をした。
「リボーンから。ていうかツナだな。……ん、正確にはハルって子か?」
次々と名前を挙げてから、ディーノは苦笑した。
ヒバリとはそれなりに親しくしているつもりだが、プライベートは干渉しないのが暗黙の了解だ。
その点、誕生日を知っている辺り、ツナたちの方がヒバリと親しい仲だと言えるだろう。
同じ中学生同士、羨ましいことだ。
「なあ、欲しい物があったら言えよ。プレゼントしてやるからさ」
「……あなたって、誰にでもそうなの?」
ヒバリはあからさまに、機嫌の悪そうな目をしていた。
何か、怒らせるようなことを言っただろうか。思い当たる節がなくて、ぱちぱち瞬きをする。
「そうやって誰とでも親しくしたり、プレゼントあげたりするの、って訊いてるんだけど」
「え……? 恭弥は特別だろ」
たった一人の教え子を、自分なりに祝ってやりたい。
「甘やかすのって、家庭教師の特権だよな」とディーノは笑いながら言った。
「だから、少しくらい高いのねだってもいいんだぜ? バトルに付き合ってやってもいいし」
ヒバリはただ黙っていたが、しばらくしてふっと目を細めた。
切なげな表情、と思ったのはディーノの勘違いだろうか。
彼の指が頬を撫でてから、唇が重なるまでの動作は、スローモーションのように感じられた。
×××
――どうして、こんな事態に陥ってしまったのか。ディーノの最初の感想である。
ヒバリが熱っぽい表情でこちらを見下ろしているのに、気付かないわけにはいかない。
さて、恋とは何だろうか。今から哲学的に分析してみようと思います。ハイ。
「ねえ」
溜息混じりに囁かれて、途端に思考がストップする。
ディーノは自分でも驚くほど甘い声で「……何?」と尋ねた。
「欲しい」
「……何を」
「全部」
これが決定打だ。ああ、ヤバいな、と他人事のように思った。