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5 10年後・ONE NIGHT STAR
宵闇が迫ってくる。アジトに戻ったヒバリは、静かに部屋の襖を開けた。
窓辺に立つ、すらりとした人影。純和風の室内で、彼の金髪は文字通り異彩を放っている。
ディーノ、と後ろから声をかけた。外は見事な夕映えだった。
「昨日から来てたんだって? 連絡くらい入れなよ」
「や、何となく寄っただけだから」
ボスとして忙しいはずの人が、気楽そうに言う。ヒバリはどさりと畳の上に腰を下ろした。
「恭弥はどこ行ってたんだ?」
「ヴェネツィア」
「そっか。この時季は寒かったろ」
ディーノはヒバリの手を握り、そっと指先を温めた。愛しい子供にするように。
しかし、それを振りほどいて、強引に唇を重ねる。彼の熱そのものが欲しかった。
背中を抱き寄せると、彼は苦笑しながら「ここで?」と尋ねる。
「さっき、何見てたの」
「え……」
「ぼうっと空を眺めてた」
残照に照らされた横顔が、いつにも増して綺麗だった。口には出さないまま障子を閉める。
名残惜しそうに、‘Venere’とディーノが呟く。
「聞こえないよ、何?」
わざと耳元で責める。「……お前、色っぽくなったな」と言って、彼はヒバリの袖に触れた。
黒い着流しの胸元を、誘うように指が辿っていく。色っぽいのはどちらか。
幾度も甘く口付けながら、彼の体を貪った。
×××
「もっと色んなシチュエーションで勝負してみねーか?」
言い出したのはディーノの方だった。突然現れた、家庭教師を名乗る男。
ヒバリは当時、決着の付かない戦いにイライラしていて、二つ返事で了承した。
群れるのが嫌いな自分が、海へ山へと、よくついて行ったものだ。――彼に夢中だった。
休憩し始めてから、既に一時間が過ぎた。林に夕日が差し込んでくる。
いい加減、勝負を再開したい。ヒバリは渋々、自分からディーノを探しに行った。
茂みをかき分けていった向こうに、開けた小道がある。彼は一人で立っていた。
ケガした腕をさすりながら、ぼんやりと空を見上げている。
「何してるの」
ディーノははっと我に返った。部下がいないと、この人は急に隙だらけになるのだ。
「ちゃんと休んどけって。ケガするぞ」
教師らしく説教垂れるのを、ヒバリは軽く聞き流した。ケガしているのは彼の方だ。
あれだけトンファーを撃ち込まれて、まだヒバリに笑顔を見せるなんて。
「あなたって変な人だね」
「なっ!? お前に言われたくねー!」
彼はふと口を噤み、ケガした腕を空に伸ばした。一番星をまっすぐ指差す。
綺麗だな、と振り向いた背後で、夜は急速に暮れていった。彼の微笑が、鮮明に瞼の裏を灼く。
――ああ、この人は光なんだ。ヒバリは唐突にそう悟った。
×××
美しいものに焦がれるのに、理由が必要だろうか。
あの日ヒバリを灼いた光は、今この腕の中にある。触れる度に、何かが満たされてきた。
白い肢体を晒しながら、ディーノは細く息を吐いた。
「……星が出るのを待ってたんだ。それだけ」
‘Venere’と星の名を告げる。あの星は金星だったのかと、ヒバリは初めて知った。
「変わらないね、あなたは」
いつまでも変わらず側にあるもの。その輝きを信じている。
イタリア語で、いくつかの単語を囁く。10年越しの愛の言葉だった。
6 ディノさんバースデー'08
甘い眠りに堕ちていく。柔らかいベッドに飲み込まれ、背中から溶けてしまいそうだ。
気怠い声を漏らして、ディーノは寝返りを打った。とあるホテルの一室だ。
明日にはイタリアに帰らなければならない。凍える夜、外は雪が降っていた。
(寒いな……)
膝を抱え、子供のように丸くなる。金色の髪がさらさらと、枕の上に広がった。
睫毛を数回震わせて、細く息を吐きながら、静かに意識を手放した。
「起きなよ」
聞くはずのない声を間近に聞いて、ディーノはぱちりと目を開けた。
「恭弥!? 何でここに……」
飛び起きて、枕元の電気を点けた。間違いなくヒバリ本人だ。
彼は断りもなく、どさりとベッドに腰を下ろした。
「あなた、こんな時間に寝るの? まだ十時なんだけど」
「いいだろ別に……眠かったんだ」
ディーノは溜息をついた。鍵もちゃんとかけたのに、どうやってこの部屋に入ったのだろう。
「悪いが、今日は戦えねー」
全力出せそうにねーし、と笑ってみせる。嘘ではない。仕事で疲れが溜まっていた。
この寒いのに、戦うなんて億劫だ。できれば、今夜はこのまま寝かせて欲しい。
「いいよ。元々、そのつもりはなかったから」
「ん? じゃあお前、何しに来たんだ?」
ヒバリは答えなかった。こちらに背を向けたままで、何を考えているのか分からない。
少し不安になって、後ろからそっと顔を覗き込んだ。
「……誕生日」
「え?」
ヒバリが不意に振り向いた。鼻先が触れそうになって、ディーノは慌てて身を引いた。
「あなたの、誕生日」
ゆっくりと、確かめるように言う。
「……知ってたのか」
「赤ん坊に聞いた」
初めて、ヒバリはまっすぐディーノの顔を見た。瞬きもせずに、じっと反応を待っている。
「そっか。あんがとな」
微笑して、ヒバリの頭を撫でる。しかし、彼はその手を払いのけ、いきなり覆いかぶさってきた。
音を立てて、首筋に軽く口付ける。
「抱かせてよ」
そう来たか。眩暈を覚えつつも、どうにか起き上がる。
「あのな……。それ、誕生祝いとしてどーなんだ?」
「さあ、普通じゃないの」
何をどう普通と言うのだろう。これでは、どっちが祝われているか分からない。
形ばかりの抵抗を試みたが、容赦なく上から押さえ付けられた。
「大人しくして」
「疲れてるって言ったろ……」
「僕には関係ない」
結局いつも通りか。ディーノはぐったりと目を閉じた。たくし上げられたシャツの下で、
直に肌が触れ合う。ひんやりとした感触に驚いて、思わず体が跳ねた。
「ああ、冷たかった?」
ディーノは黙って、ヒバリの頬に触れてみた。それで漸く、彼の体が冷え切っているのに気付く。
雪の中、わざわざ訪ねて来てくれたのだ。……おめでとうの一言もなかったけれど。
ディーノの手が温かかったのか、ヒバリは気持ち良さそうに目を細めた。
「わーったよ。……お前の好きにしていいぜ」
素直になれない、彼のことがいじらしい。ヒバリは頬をすり寄せて、「当然だね」と囁いた。
7 10年後ヒバリ×仔ディノ
刻々と、夜は黒みを増しつつあった。しめやかに夜着をまとい、文机に向かう。
部下がまとめた報告書だ。取り立てて急ぐ内容でもなかったが、溜め込むのは性に合わない。
ふと、気配を感じて振り向いた。燭台の灯が揺れる。襖が開いて、金髪の子供が顔を出す。
「こんな時間まで夜更かしかい?」
咎めると、ディーノは微かに身を竦めた。訴えるような目をして、じっとこちらを見つめている。
ヒバリは軽く溜息をついた。
「来なよ」
途端に顔を輝かせて、ぴょんと肩に飛び付いてくる。全く、妙な生き物だ。
ディーノを預かったのは一ヶ月前。リボーンに最初頼まれた時、もちろん即座に断った。
しかし、何か事情があるらしく、その後もしつこく交渉は続いた。
渋々引き受けたのだが、事情を知ってか知らずか、ディーノはかなり人懐こい。
今だって、ヒバリの背中にぴったりくっついているのだから。怖い物知らずとはこのことか。
「キョーヤは何してんの?」
「仕事中。重いからどいて」
ディーノは素直に体を離した。やっと集中できると思いきや、何だか視線を感じる。
大人しく、ヒバリの仕事ぶりを見守る小さな影。
「……見てて楽しい?」
「え……」
「構ってやれないから、さっさと寝れば」
これでは却って落ち着かない。すると、ディーノはしゅんとして「眠れないんだ」と呟く。
唇をちょっと突き出して、細い肩を縮めて。薄茶色の瞳で、悲しそうに瞬きをする。
ヒバリは徐に立ち上がった。
「ど、どっか行くのか!?」
「声が大きい」
夜中に大声を出すなと叱る。ディーノは慌てて口を覆った。
まっすぐ台所に向かい、鍋を火にかける。幸い、牛乳はまだ瓶に残っていた。
「何作ってんの……?」
おずおずと訊かれたが、ヒバリは答えなかった。小さなマグカップにホットミルクを注ぐ。
無言でそれを差し出すと、ディーノはぱっと頬を染めた。
「……ありがと!」
猫舌なのだろう、すぐには飲まずに、懸命に息を吹きかける。
ヒバリはあくびしながら椅子に腰掛けた。時刻はもう十二時だ。
「いつも、寝付きだけはいいくせに」
九時半にはベッドに入る子が、珍しい。普段なら揺すっても起きないのだ。
「眠れないなんて、昼寝のしすぎじゃないの?」
「ちげーよ!」
咄嗟に声を上げてから、しまったという表情をする。
いちいち怒るのも面倒なので、ヒバリは見逃すことにした。
「今日、ボムに怖い話聞いたから……それで……」
ディーノも今度は用心して、内緒話のように小声で喋り出した。
「ボムって誰?」
「スモーキン・ボム。いっぱい爆弾持ってる」
獄寺隼人のことだ。ヒバリは知らなかったが、彼にはオカルト好きな一面があるという。
あの男のせいで、夜中に子守りなどする破目になったのか。余計な事をしてくれたものだ。
憤慨しているヒバリの横で、ディーノはミルクを飲み終え、「ごちそーさま」と手を合わせた。
「じゃあ、僕は帰るよ」
「あ……待って!」
後ろからぐいと袖を引かれる。
「オレ……キョーヤと一緒に寝ちゃダメ……?」
薄茶色の大きな目が、じいっとヒバリを見上げる。――本当に、何だっていうのだろう。
「何でもいいから早く寝ろ」と言って、ぶっきらぼうに抱き上げた。
ディーノは嬉しそうな顔をして、ヒバリの頬にキスをした。