19歳ツナ×9歳獄。仔獄を皆で可愛がる話。
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1
父親に付き合わされて、隼人は劇場のロビーにいた。
ピアノ少年と名高い息子のことが自慢で、父はどこへ行くにも隼人を随伴させようとする。
今夜のメインはオペラ観劇だった。子供にとっては退屈でしかない。
開演前でざわつく人ごみを、ぼんやりと目で追ってみた。
(あれっ、あの人……!)
見覚えのある後ろ姿。隼人は咄嗟に、彼の所へ駆け寄った。
「……ボンゴレ10代目!」
隼人の声に気付き、くるりと彼が振り向いた。と同時に、数人の男たちが立ちふさがる。
「大丈夫、オレの知り合いだから」
制止を聞いて、男たちは退いた。多分、彼の部下なのだろう。
彼は隼人の目線にかがんで、優しく微笑した。
「こんばんは。君も来てたんだね」
「ハイ! ええと、この前はありがとうございました!」
姉のビアンキを介して、彼とはもともと顔見知りだった。
でも、初めて言葉を交わしたのは、先日開かれたピアノ発表会でのこと。
本番間近になって逃走した隼人を、何も訊かずにかくまってくれたのだ。
こんな風に助けてもらうなんて、今まで一度もなかったことだ。
「いいんだよ。……それより、下の喫茶店で一緒にアイスクリームでも食べない?」
思いがけない誘いに、隼人は目をぱちくりさせた。
「付き合いで来たけど、オペラはあんまり興味なくてさ。抜け出す口実を考えてたんだ」
小声で囁く様子が可笑しかった。願ってもないことだと、隼人は喜んで承知した。
真っ白なバニラアイスをスプーンですくい、少しずつ口に運んだ。
一気に食べてしまったら勿体ない。
彼の方はすっかり食べ終わって、楽しげに隼人を見つめている。
「そんなに気に入ったの? ここのアイス」
「だって……すごく美味しいので」
「それなら、もう一個頼もうか」
ウェイターを呼び止めようと、彼が手を挙げる。隼人は慌ててそれを遮った。
「遠慮しなくていいのに……っと」
携帯のバイブ音だ。一言断ってから、彼は電話に出た。
「何だよリボーン……え? ああ、一緒にいる。分かってるって。ちゃんと連れて帰るよ……」
――せっかく楽しかったのに。どうやらタイムアップらしい。
父の許可を取らずに出てきたから、今頃騒ぎになっているのだろう。
隼人は重たい気分で、アイスを食べる手を止めた。
「へっ? それってどういう……ちょっと待てよ、リボーン!」
突然、彼は混乱したように声を上げた。電話はそこで切れてしまったようだ。
「……どうしたんですか?」
「オレにもよく分からないんだけど……しばらく君を、ウチで預かることになったみたい」
ゴメン、勝手に……。ビアンキが君に会いたがってたから、多分それで。
口早に言う彼に、隼人はぴょこんと抱きついた。
「うわっ……隼人?」
「嬉しいです! とっても!」
何だか分からないが、とにかく10代目と一緒にいられるのだ。小さな胸が高鳴った。
2
リボーンは隼人を、ファミリーの一員としてボンゴレに引き入れるつもりらしかった。
隼人は賢くて身体能力も高く、天才ピアノ少年としての話題性もある。将来有望なのだ。
もちろんツナは猛反対した。あんな小さい子に無茶はさせられない。
だが表向きは、隼人は姉の所に来ているだけだ。
実家も承知の上なので、送り返すわけにもいかなかった。
(心配なんだよなー。可愛いもんだから、行く先々で人気者だし……)
変な虫が付かないように注意しないと。過保護かもしれないが。
「隼人! 隼人!」
ビアンキの声だ。ちょうどその時ドアが開いて、隼人が部屋に飛び込んできた。
おびえた目をして、ツナの後ろに隠れようとする。
「そんな所に……どーして逃げるのよ」
「ビアンキが追いかけ回すからだよ」
ツナは苦笑しながら隼人をかばった。事情あって、隼人は姉のことがすこぶる苦手だ。
「あちこち駆け回って、忙しい奴だなー」
どこから現れたのか、山本がひょいと隼人を抱え上げた。
「わっ、何すんだ! 離せよ!」
「ハハハ、ちっこい体で暴れんな」
片手で体を押さえ込み、もう片方の手でこちょこちょと隼人の脇をくすぐっている。
「ひゃん! やめろってば、やっ!」
「ちょっと、離してやってよ……」
何だか見ていられなくて、ツナは間に割って入った。
すると、またどこから湧いて出たのか、今度はヒバリが近づいてきた。
「隼人、こっちにおいで。‘お兄ちゃん’って言ってごらん」
「ヒバリさんまでー!? しかもベタだし!」
危ない雰囲気だ。そう察知したツナは、「もう隼人は寝る時間だから!」と宣言した。
「なあ、隼人って、誰と一緒に寝んの?」
山本が真顔で訊いてきた。ビアンキとヒバリも、ぎらぎらした目をこちらに向けた。
「……隼人はオレと一緒に、オレの部屋で寝るの!」
皆が隼人と添い寝したがっているのは分かったが、危険すぎて任せておけない。
ここぞとばかりに、ツナはボスの権力をフル活用した。
自室まで手を引いていって、隼人をベッドに寝かしつけた。
「今日は色々と疲れただろ? 早くお休み」
隼人はがばりと起き上がって、「あの、10代目!」と声を上げた。
「これから毎晩、10代目と一緒に寝ていいんですか?」
「あーうん、そういうことになるね……」
今更ながら、皆の恨みが怖い。ツナが頭を掻いていると、隼人はぱっと顔を輝かせた。
「……お休みなさい、10代目!」
そう言って、照れたように布団を顔まで引き上げる。
(オレって、好かれてるんだな……)
愛らしい仕草を目にして、妙な感覚に陥った。まだまだ夜は長かった。
3
会議の都合で、海辺の街を訪れた。
代理の者に行かせるところを、わざわざツナ自ら出向いたのは、一つは隼人のためだ。
夏の間、これといって遊びに連れて行くこともなく、悪いことをしたなと反省している。
会議の空き時間に海岸通りを連れ回してやれば、少しは旅行気分を味わえるかもしれない。
一緒に来ないかと誘うと、隼人は大喜びだった。
たった一泊の小旅行なので、ホテルはできるだけ洒落た所を選んだ。
ビーチにも近く、一階ロビーのテラスからすぐ砂浜に出られる。
ディナーまで少し間があった。二人は外に出て、波打ち際を歩いてみることにした。
「……真っ黒ですね、夜の海って」
そう囁く隼人が、年相応に幼く見えた。
感受性豊かな彼には、黒々と横たわる海が、得体の知れない怪物にでも見えるのかもしれない。
不安なのかな、とツナは思う。
「手、繋ごうか」
「え?」
答えを待たず、半ば強引に指を絡める。
華奢な手だった。子供だから当たり前なのかもしれないが。
「隼人の手は小さいね」
思ったままを口にすると、隼人は真剣な様子で「すぐに大きくなりますよ!」と主張した。
「大きくなって、10代目を守るんです! オレ、ちゃんと強くなりますから!」
「……そっか」
強くないとツナの側にはいられない。一途にそう思い込んでいるのだろう。
‘将来は10代目の部下になる’と彼が宣言する度、ツナは複雑な思いをしてきた。
あまり思いつめるなと言ってやりたいが、多分聞き入れないだろう。
「じゃあ、それまでずっと一緒にいようね」
不安がらなくてもいいのだと。強く手を握ってやる。
隼人は「ハイ!」と言って大きく頷いた。
「そろそろホテルに戻らないと。お腹も空いてきたんじゃない?」
ツナが促すと、条件反射のようにお腹の鳴る音がした。
「あ……」
隼人は真っ赤になっている。おかしくて、可愛くて、ツナは笑いを抑えられなかった。
「よし、ホテルまで走ろう!」
「うわっ!」
手を繋いだまま、引きずるようにして走り出す。
最初はバランスを崩し悲鳴を上げた隼人も、すぐに声を立てて笑い出した。
「10代目っ」
息を切らしながら、隼人がツナの背中に訴える。
「……楽しいです!」
「うん、オレも!」
立ち止まって向き合うことはせず、二人同じ方に向かいひたすら駆けた。
4
「この時間だと人も少なくて、静かなんだな……」
ツナの声が、波の音に攫われていく。
海は青いものだと思っていたけれど、朝の風景はどこか白みがかって見えた。
明けゆく空の薄紫。翠に光る波飛沫。砂は滑らかな象牙色。
夢の中から抜け出したような淡い色彩の中を、ツナと二人で散歩した。
昼間は海水浴に来た人だかりのするビーチも、午前六時だと流石に静まっていた。
海岸通りには鮮やかなタイルの貼られた店がずらりと立ち並び、
その向こうに会議の行われるビルがある。
これはあくまでもビジネスがメインの旅で、観光目的ではなかった。
今日はツナが会議に出席するから、隼人はホテルで留守番ということになるだろう。
寂しいなんて我儘を言ってはいけない。ツナは忙しいのだ。
それでもできるだけ隼人に構おうと、早朝から起き出して一緒にいてくれる。感謝しなければ。
「せっかく来たんだから、隼人も昼間は泳ぎたいだろ?」
そう訊かれて、隼人はちょっと考えてから「いいえ」と答えた。
ツナがいないのに、一人で海に行ってもつまらない。ホテルにいる方がまだよかった。
「そう? オレ、会議昼までなんだけど」
「……えっ?」
そんな話は初耳だ。確か、今日は一日中話し合いがあるって聞いていたのに。
実は、ツナは顔出しするだけで、後はいつも通り部下の仕事だったのだが、
隼人はそれを知らなかった。
「だから、午後から一緒に泳ぎに来ようと思ってたけど……」
ツナはそ知らぬ顔で続けた。
「隼人がそう言うなら、やめとくかな」
「そんなっ!」
からかわれているとは知らず、隼人は必死で訂正した。
「嘘です! 泳ぎたいです!」
ツナは笑って、隼人の頭を撫でた。
「じゃあ、昼頃待ち合わせしましょう! 会議のあるビルの前で」
今からわくわくして、隼人はわざと波に足を突っ込んだ。サンダルが四方に水を弾く。
「別に待ち合わせなんかしなくても……オレがホテルまで迎えに行くから、
隼人は部屋で待ってるといいよ」
「だ、駄目です! 待ち合わせがいいんです!」
ツナは不思議そうな顔をした。
「どうしてそんなにこだわるの?」
「それは……」
迎えに来てもらうなんて、まるっきり子供だ。待ち合わせの方が大人っぽい気がする。
しかし、口に出すのはそれこそ子供っぽくてできなかった。
幸い、ツナは深く追及せず「それならビルまで来てもらおうかな」と言って隼人を喜ばせた。
「でも、一人で来るのは危ないから、ちゃんとリボーンに付き添って貰うんだよ」
これにはがっかりだった。結局のところ子供扱いである。
かといって文句を言うわけにもいかず、隼人は波打つ水を高く蹴り上げた。
5
ボンゴレの医務室には、専属医のDr.シャマルともう一人、診察台にちょこんと腰掛ける
少年の姿があった。
「37.8℃……まあ、少しは引いてきたな」
体温計を確認してから、シャマルは隼人の頭をポンと叩いた。
「ほら、さっさとベッドに戻れ。そして大人しく寝とけ」
「えー、つまんねーよ。昨日から寝てばっか……」
隼人は足をぶらぶらさせながら文句を言った。
もともとカゼ気味だったのが、昨晩発熱してしまったのだ。
最初こそダルくてじっとしていたけれど、一日中寝かし付けられて既に退屈だった。
「ワガママ言うな。無茶やってるといつまでも治んねーぞ」
シャマルがそう諭した時、医務室のドアが勢いよく開いた。
「隼人っ!」
入ってきたのはツナだった。出張帰りのスーツ姿のまま、かなり慌てた様子で息を切らしている。
「何だ、早かったじゃねーか。帰りは深夜になるんじゃなかったのか?」
「隼人が……熱出したって聞いて……」
答えつつも、ツナはシャマルの方を見ず、まっすぐこちらに近付いてきた。
「10代目、あの……」
お帰りなさい、と言うつもりだった。彼のいない四日間、これを言うのが待ち遠しかった。
しかし、ツナにそっと頬ずりされて、途端に言葉が発せなくなる。
「ああ、やっぱり頬っぺたが熱いね……。かわいそうに、キツかっただろ?」
抱きしめてくれる手が心地よい。隼人は「んっ……」と声を上げた。
「連れて帰っても大丈夫ですよね? 後はオレが看病しますから」
「是非そーしてくれ。やっとガキの世話から解放されるぜ」
シャマルは口の端を上げ、わざとらしく伸びをした。
承諾を得たツナが、ふわりと隼人を抱き上げる。二人はそのまま部屋を出た。
×××
10代目は仕事から帰ったばかりで疲れているのに、自分は迷惑をかけていないだろうか。
ふと不安に思う。
一方のツナはしっかりと隼人を抱きかかえたまま、寝室へと続く廊下を歩いていた。
「食欲がないんだって、シャマルに聞いたよ。アイスクリームなら食べられるかな?」
元気付けるような声を聞いて、徐に顔を上げる。
うっすらとクマができているのが見えた。――ツナの、目の下に。
「……あのっ」
「ん?」とツナが立ち止まる。隼人は目を逸らしつつ、早口に言った。
「オレ、シャマルの所に帰ります……」
「えっ、そんなにキツいの?」
大きくかぶりを振った。本当は、一緒にいたいけれど。
「……10代目に……うつしちゃいけないので」
そう言って、隼人は俯いた。
ツナは一瞬沈黙してから、隼人の髪を優しく撫でた。額にキスが落とされる。
「心配しなくていいんだよ。隼人はオレの大事な……大事な子だからね」
くたっと力が抜けていく。もう、強がることなんてできない。
隼人はツナの肩にしがみ付いた。きりもなく彼に甘えたかった。