小話2759

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1 標的105より



「ってー!」
「もうちょっとだから、じっとしてな」

 大声を上げると、額をぱちんとやられた。それでも、痛いものは痛い。
 消毒液がしみるのだ。獄寺は、手当てするロマーリオを睨みつけた。

「大丈夫なんですか? 獄寺君は……」

 ツナが話しかけてきた。かがみ込んで、傷の具合を見ようとする。

「軽いケガとは言いかねますが、すぐ治るでしょうな。この元気があれば」
「平気っスよ! 心配なさらないで下さい!」

 余計なことで煩わせるわけにはいかない。ただでさえ、負けてしまったというのに。
 するとツナは、「心配するに決まってるよ」と、獄寺の頬に触れてきた。

「傷跡、残ったりしませんよね?」

 傷すれすれの部分を指先がなぞる。獄寺自身は気にも留めなかったのに、細やかな気遣いだ。

「任せとけって。ロマーリオの腕は確かだぜ?」

 ディーノが安心させるように言った。タイミング良く、再びロマーリオが額を小突いた。

「さあ終わったぞ、スモーキン・ボム。しばらく無茶はやめとけよ」
「うっせー! ていうか、いちいち叩くな!」

 治療を終えて、ディーノとロマーリオは去っていった。獄寺とツナが後に残される。

「……一緒に帰ろう」

 先に口を開いたのは、ツナの方だった。



 二人は沈黙し合ったまま歩いていた。
 負けたという事実が、一歩進むごとに迫ってくる。ほとんど勝利は見えていたのに。
 今更のように悔やまれた。後がない状況に、味方を追い込んだのだから。

「‘もう少し粘って、リングを奪ってくればよかった’とか考えてる?」

 不意にツナが立ち止まった。こちらに向けられた瞳が、静かな光をたたえている。

「……あと一歩だったんです。情けなくて……」

 まっすぐに見つめられて、獄寺はたまらず感情を吐き出した。



「君が無事に帰ってきて、オレは本当に嬉しかったんだよ」



「いつも前ばっか見てさ、無茶して。周りがどんなに心配したって、全然聞いてなくて」

 優しい口調で語るツナに、獄寺は一言も返せなかった。

「……でも、今度は帰ってきてくれた。初めて、オレの声が君に届いたんだ」

 もう一度あの花火を見たいって、同じ気持ちで通じ合って。
 ――すごく、嬉しかった。



 しばらく立ち尽くしてから、獄寺は深くツナに頭を下げた。
 そして、ばっとその場から駆け出した。
 失礼だと分かっているけれど、これ以上はいられない。泣き顔を見られてしまう。

 全てを包容する大空。
 誰が何と言おうが、真のボスはこの人だ。そう叫びたい気がした。










2 マフィアツナ×貴族獄



 行き違う馬車を避けながら、ツナは一人、夕暮れ時の広場に佇んでいた。
 この街にいられるのも今日が最後。
 明日にはボンゴレのシマに移り、次期ボスとして修業の日々が始まる。
 七時の鐘が空に響いた。白い鳩たちが羽音をたてて、時計台の周りを旋回した。

 荷物は先に運んである。後は、汽車の時間を待つだけだった。
 せめてそれまで、生まれ育った街の様子を目に焼き付けておきたい。
 だが実際には、目前の風景など通り越して、ツナは別のものを見ていた。ある人の面影を。

「10代目!」

 叶うはずもない、何せ貴族の子だ。パーティで幾度か会った綺麗な少年。
 幻聴かと思ったが、紛れもない彼自身がこちらに駆けてくる。ツナは大きく目を見開いた。

「どうして来たんだっ」
「アネキに聞いたんです。10代目が、今夜街を発つって」

 いつもと打って変わって、獄寺は粗末な身なりをしていた。
 美しいシルバーブロンドを隠すかのように、古びた帽子をかぶっている。
 しかも靴を履いていない。走ってくる途中で擦ったのか、白い足が傷だらけになっていた。

「血が出てるじゃないか、足!」

 本人はどうってことないと言うが、ツナにはとても痛々しく見える。

「どうして裸足になんか……危ないのに」
「靴だと足音が響くので」

 人目を忍んで、城を抜け出してきたのだという。
「あなたについて行きます」と縋る目を、ツナは直視できなかった。

「……傷付けたいわけじゃない」

 子供のような純粋さと透き通るような容姿に、初めて会った時から惹かれていた。
 でも、血生臭い世界で生きる自分には、彼を汚すことしかできない。

「君はもっと、綺麗なままでいられる」
「そんな風に言わないで下さい!」

 獄寺の目から、大粒の涙が零れ出た。



「オレはそんな、綺麗でも何でもないですっ……」



 泣きじゃくる彼を前にして、どうしようもなく胸が痛んだ。
 優しく抱き寄せて、涙を指で拭ってやりたい。
 彼を置いて去ったならば、他の男に慰め役を任せることになる。そう思うとたまらなかった。

 ツナは無言で獄寺を抱き上げた。所謂お姫さま抱っこである。
 驚いたのだろう、獄寺もぴたりと泣くのを止め、「10代目、すごい怪力……」と
 掠れた声を漏らした。

「あ、あの……」
「ケガした足で、歩かせるワケにはいかないだろ」

 本当はずっと欲しかった。一度この手に抱いてしまえば、行き着く先は決まっていた。

「今夜のうちに汽車に乗る。それでこの街とはお別れだ」



「連れて行くよ、君を」



 獄寺は赤い頬をして頷いた。ツナは抱く手に力をこめて、駅に向かって歩き出した。










3 獄バースデー'06



 いつもの通り、学校帰りにツナの家に寄った。
 彼といるのは本当に楽しくて、時間を忘れてしまう。
 迷惑にならないうちに出なければ。獄寺はやっと切り出した。

「そろそろオレ帰りますね」

 笑顔で送り出してくれると思いきや、ツナはがしりと獄寺の腕をつかんだ。

「帰さない」
「え?」

 獄寺はきょとんとツナを見返した。それをどう取ったのか、ツナが「大丈夫だよ」と続ける。

「今日ウチ、オレ以外は出払ってるから」

 泊まっていけ、ということらしい。
 嬉しい申し出だったが、本当に受けてもいいものか少し迷う。

「しかし……」
「いいじゃん、可愛がってあげるからさ」

 ツナは真面目くさって言った。思いがけない冗談で可笑しい。

「その言い方だと、何か誤解されますよ」

 獄寺は笑いながらそう返した。すると、ツナも笑ってこちらに覆いかぶさってきた。



「オレは別に構わないんだけど」



 ベッドに押し付けられ、首や脇や腰や、色々な所をくすぐられる。
 獄寺はたまらず笑い声を上げた。
 手で防御するとすかさず別の所を突かれて、息も切れるほどだ。
 二人はしばらくそうしていたが、不意にツナが手を止めた。

「……ダメだ」

 そっと体を起こされる。

「これじゃ、どっちが祝われてるのか分かんないや」

 はあ、という溜め息。どうしたのだろうかと、獄寺はツナの顔を覗き込んだ。

「10代目……?」
「ああもう、だから、明日って獄寺君の誕生日だろ? 最初にオレがおめでとうって
言いたかったから、十二時まで君を独り占めしようと思ったんだ」



 そうか、誕生日。
 本人すら忘れていたのに、彼は覚えていてくれたのだ。それが何より嬉しかった。

「……あ、ありがとうございますっ」

 他に言葉が見つからず、獄寺は深々と頭を下げた。

「御礼を言うのはまだ早いよ」

 ツナが髪を撫でてくれる。

「一緒にいよう、ね」



 手を繋いで、明日が来るのを待った。










4 マフィアツナ×男娼獄



「大丈夫?」

 獄寺は掠れた声で「はい」と答えた。
 まるで何か、大切なものでも扱うかのように、そっと彼に抱き起こされる。
 股の奥、秘めた箇所がしとどに濡れていた。熱い。ただれるほどに熱い。
 体を売ることにはとっくに慣れたはずなのに、いつまでも震えが止まらずにいる。

「名前、聞いてなかったね」

 そう言って、彼は獄寺の髪を撫でた。マフィア関係の偉い人だ。
 彼にとっては一夜限りの遊び相手。獄寺の名前なんて、明日には忘れてしまうのだろう。
 獄寺はゆっくりと顔を上げた。想い続けてきたこの人に、名前よりも伝えたいことがある。

「……以前、あなたに助けて頂いたんです」

 路地裏で絡まれているところを、偶然通りかかった彼が救ってくれたのだ。
「覚えてらっしゃらないでしょうけど」と、小さく付け足す。
 取るに足らない出来事。それでも獄寺からすれば、あんな風に優しくされたのは初めてだった。
 その彼が、今夜の客だなんて。二度とない偶然と知っていてなお、幸せで幸せで泣きたいくらい。



「何を言い出すかと思ったら……」

 当惑した表情だった。無理もない。獄寺はまた目を伏せた。
 すると何を思ったか、彼が獄寺の肩をつかむ。

「ちゃんと覚えてるよ。……ていうか、あのね」

 顔を覗き込んで、子供に言い聞かせるように。



「もう一度君に会いたくて、あれ以来ずっと探してたんだけど。オレ」



 あんまり綺麗な子だったから忘れられなくて、探して、やっとこうやって見つけ出したのに。
 話しながら、彼はしまいに笑った。

「全然分かってなかったんだ……」

 獄寺は絶句していたが、やっとの思いで「すみません」とだけ言った。
 だって、そんなの分かるはずない。信じられるわけがない。そんな都合のいい話。
 自分は、夢でも見てるんじゃないか。

「オレの方こそゴメン。客としてじゃなくて、もっと普通に会いに行けばよかったね」

 笑みを浮かべたまま、少しだけ辛そうに、彼が溜息を吐く。

「客だったら、抱かせてくれるんだろうなって……。そんな、ズルイことばっか考えてた」



 ――何て台詞だろう。一瞬、耳鳴りがする。やがて、自分の心臓の音が聞こえてくる。

「オレは……」

 夢じゃないんだ。獄寺は知らぬ間に涙を流していた。

「……好きです……。あの、嬉しかったです……」



 途端に抱きすくめられて、「……本当に?」という囁き。何度も何度も頷く。

「教えてよ、名前……」

 しかし、組み敷かれて、もう獄寺には喘ぐことしかできなかった。
 体が、意識が、彼に支配されていく。

「オレのものになるって言って。今更、逃げたりしないで」

 責められて、その甘さに視界がびくりと揺れた。










5 10年後



 実戦がキツイのは当たり前だが、デスクワークが楽かといえばそんなことはない。
 昔から勉強が大嫌いなツナにとって、山積みの報告書はまさに悪夢そのものだった。
 これらの書類に目を通し、ファミリー及びマフィア界の全てを把握する必要があるのだ。
 ボンゴレのボスは辛い。部屋に一人なのをいいことに、ツナは机に突っ伏していた。



 ノックの音がした。ツナはさっと姿勢と正し、ペンを握ってから「どうぞ」と応じた。

「失礼します。この書類のことなんスけど……」

 入ってきたのが獄寺だと分かり、沈みがちだった気分が途端に晴れた。
 書類確認にうんざりしていたのも忘れて、差し出されたそれを機嫌良く受け取る。

「ああ、例の報告書だよね。会議お疲れ様」

 遠方での会議にはツナ自ら出向くことはせず、本部にいる部下の誰かに行かせるのが常だった。
 特に獄寺には、頻繁にこの手の仕事を任せている。頭の切れる彼が適役なのだ。

「いえ、座ってるだけですから。楽なもんです」

 獄寺は照れたように笑った。「重要箇所はライン引いたんで、その部分だけ目を通して下さい」と、
 ツナのすぐ側に寄ってきて説明する。髪がさらりと揺れて、合間から耳朶が覗いた。



 何だか可愛い。目の前にあったからというだけで、キスする理由には十分だ。

「ひゃっ!」

 ぱっと獄寺が飛びのく。ツナの脈絡のない行動に驚いた様子だ。
「頑張ってる獄寺君に御褒美」と、取って付けたような言い訳をしてみる。

「何で耳なんスか!」
「ん、唇の方がよかった?」

 獄寺は口をぱくぱくさせて真っ赤になった。こういう、ウブなところも可愛い。
 ダメだ、この恋人のことが可愛くて仕方がない。

「オレも唇が一番かな。でも獄寺君の体だったら、どこにキスするのも好き」
「……っ、10代目のキス魔!」
「大丈夫。獄寺君限定」



 もはや完全に痴話喧嘩だ。あまりに馬鹿らしいやり取りに、どちらからともなく笑い出した。

「もう、何の話してたか忘れたじゃないですか……。ええと、要するに……そう、
書類のチェックをお願いします」
「はーい、了解」

 頭を下げてから、部屋を出ようとする獄寺。
 その後ろ姿を見ながら、ツナはまた思い付きで彼を引き止めた。

「ねえ、頑張って仕事するからさ。コレ終わったら、またキスさせてくれる?」

 また照れて赤くなるんだろうか。それとも笑って流すのか。
 胸を高鳴らせながら、獄寺の反応を待つ。むしろ、ウブなのはツナの方かもしれない。



「……楽しみにしてます」

 俯きがちに、はにかんだ笑顔を見せた後、パタンと戸が閉まった。
 しばらく固まってしまったが、大きく息を吐いてから、ツナは今度こそ机に倒れた。

(……ああもうダメ、大好き獄寺君!)
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